過去の書き込み

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アステルへのフェアウェル[2001.09.05]


先日、PHSから携帯へと買い換え。
引き金は,PHSの電源不良がきっかけで、バッテリー買い換えよりは、無料で加入できるサービスに惹かれたからだ。
(事実、いままで、登録費用は1円しか払ったことはない。)
解約のためアステルのお客様窓口へ電話するのは辛かった。
ただでさえ青息吐息なのだろうから。
「もう5年来アステルを使っている」とか「今の機種でも2年以上」と説明した上で,「ドットiがカラー液晶で、もう少しサービスが安かったらなぁ」と解約理由を話すと窓口の女性は向こうで涙を流しているようにも思えました。
いままでの買い換えで所有している3台をトランシーバとして切り替えられるかどうか訊ねると、解約後でも、いつでもサービスセンターに来てくれれば切り替えしてあげる、と大変親切に言われました。

たしか96年の夏、加入料無料キャンペーンで初めて手にして以来のPHSとのつきあい。
単身赴任中だったのと、パソコン通信で利用できるメリットを考えて決めました。それまでのNTTの電話は加入権をとんでもない安値で買い取ってもらい(怒)、それからはノートPCを使ってモバイル通信。
カードモデム28.8Kを30K円で買った頃。
パソコンショップでは「携帯?データ通信するんなら、PHSのもんで」とも言われていましたっけ。事実、当時携帯は通信速度がせいぜい9.6Kなのに対して、ボクのPHSでは28.8Kがでていました。
インターネットにも繋げるのは確認したが、それほど使う機会はなかった。
(会社のPCでいくらでも使えたから。)
この時のPHSのインタフェースはイヤホンジャックで、これとカードモデムのXJACKで繋いでいたのだが、そのうちイヤホンジャックのある機種が少なくなり、インタフェース用のケーブルも動作保証がなかったため、長期出張によく持っていったあと、単身赴任が終わっていつしかモバイル環境からは遠のいていきました。
3台目を手に入れた頃(99年初)は着メロもPHSが進んでいたのですが、それもいつしか多重和音の音の携帯の出現で色褪せていきましたっけ。
なんとかこれでメールもできたのですが、操作はそんなに簡単でもない。
PHSで、長期割引(2年)で月ー200円なんて人は稀少価値なのではなかろうか。

先日も、飲み会で会社の20代の女性の携帯番号を教えてもらうために,こちらのPHSの番号を見せて,そちらにかけてもらったのだが「それ・・・・・どこのメーカーですか?(見たことない!)」と言われました。ま、当然ではあるのだが・・
しかし、通信事業は、公共性が高いために一度始めるとやめることができない、ときいたことがある。結局はアステルも電力会社の後ろ盾で吸収されてしまうのだろうが、例えば「プロジェクトX」に取り上げられるように,いつか画期的な新技術で復活してほしい、とも願っている。
昔書いたストーリィ

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「迅冷シンディ」

うだるような8月の暑さの中、明人(あきと)は、乗ってきた水冷4気筒のバイクをマンションの脇のわずかな日陰に置くと、すぐさまヘルメットを脱いだ。
暑いのは慣れっこだが、ヘルメットを着用する時と、頭から外す時がどうしても不快だった。汗が湿ってぴったりとした髪がその主たる原因だが、取り出したハンドタオルで拭えるだけ拭いながら、メットを腕に通して,3階建てのマンションの階段を足早にあがっていった。
明人の勤務する電気機器メーカの同僚の晃司の部屋のドアホンを鳴らす。
「おう。入れよ」晃司が招き入れた。
部屋の中にはクーラーがきいていて、明人はようやく息をふき返したような気分になる・・・・はずだった。でも彼は入るなり顔をしかめた。
「あ・・・・・・あっつぅーーー」
「あ、今、実験中なんで、冷房は禁止なんだ」晃司はこともなげに答えた。
「なんなんだよ・・・実験って・・あのなぁ、」明人は、やや憮然としていた。
「オマエがさぁ、このクソ暑いのに、重大な話があるから協力してくれ、っていうからきてやったのに、・・・早くクーラーつけてくれよ。暑い。」
「まあまて。そうだ、ビール、飲むか?」
「バカいえ。バイクで来たんだ。どうせなら麦茶かなにかでいいよ」
「わかった。では」晃司は部屋の奥から戻ってきて、「ほい」と明人にスチール缶を渡した。ウーロン茶の表示があった。しかし、それを手にとるやいなや、明人は晃司を睨むようにつぶやいた。
「これはジョークか?まぁ、いいけど。」明人が手にとった缶は、冷やしたものではなく、ただの常温の缶だった。
リングプルに指をかけた途端、晃司が声をかけた。「まあまて。」
「そういうアンラッキーな時って、よくあるだろ?」
「・・・・どういうことだ?」明人はそのままの姿勢で晃司をしばらくの間見つめた。 「その缶がさ、冷え冷えだったら、どんなに嬉しいかって」
「そりゃそうだが。」明人は、暑さをしばし忘れて、いらいらした表情を冷静なそれに戻した。
「一体、なんでオレを呼んだんだ?それから聞こう」明人は、メットを側の整理棚の上に置き,これもすぐ側にあった椅子に座った。
「それでは、リクエストにお答えしようかな。こっちにきてくれ。おっと、その缶も持ってきてくれよ」

奥の部屋には、乱雑なパーツがあたかも繁殖中のように,大きめのデスクの上を存分に占領していた。晃司は端から、電源コードを繋いだまま、保温ボトルのような形状で鈍くシルバーに光るものを手に、明人の前に近づいた。
「これ、さ。」晃司は「それ」を明人にはっきり見えるように差し出した。
「なんだい、これ。」
「まずは見てもらおう。」晃司は明人に、ウーロン茶の缶を渡すよう促し、それを受け取ると、その「もの」の側面にある透明なフタを開き、缶を中に入れた。
試作品らしく、不器用にはめこんだ丸いダイヤルを晃司は左にちょいと回した。
そして、スイッチらしき赤いボタンを押した。タイマーの音が低く鳴り続けた後、その「もの」が仕事を終えたような音がした。多分10秒ほどだ。
「できたよ。ほら」晃司が、中から取り出した缶を明人にほおり投げた。
受け取った明人は、とたんに缶をしばしも握っていられないように両手の中で交互に小さく左右に投げあい続けるのだった。まるで、熱いものをちゃんと握れないように。でも、原因は全く逆だった。
「あっちぃ~・・・じゃなくて、こりゃなんだ・・・・・冷たいんだ!」
手のひらの皮を引っ張られるかのような感覚さえあるほど、先ほどのウーロン茶の缶は冷え切っていた。しかし、冷蔵庫で誤って凍結させてしまったような重心移動はない。ちゃんと、中身は氷にはなっていないようだった。
「どうだい?飲んでくれ。思い切りぐいっと」晃司がにこやかに言った。
少し温度が戻ってきた缶を握って、明人はリングプルを開けた。そして口をつけてみた。中の香りはまちがいなく本物のようだ。少し流し込む。そして、我慢できなくなって、一気に中身を口の中へぶちまけた。
「美味い!」

元々、それは彼らの開発テーマの一つでもあった。
消費者の満足をいかにすくい取れるかを研究テーマに、膨大なモニターアンケートの結果を収集し、その中から実現性の高いものを選んで予算をつぎ込む。
ところが、晃司の作り上げたものは、その選択からは漏れてしまったもののはずだった。完成すれば顧客満足度は高い。でも、その実現性に関しては開発費等を含めてマイナス要因が多すぎた。それでも、晃司は完成できたようだった。
「迅冷シンディ、って名前付けたんだ」晃司はやや恥ずかしげに説明した。
「機能的には電子レンジの逆。だから、言葉を逆さまにして、ちょっとひねった。ま,仮称だから」
彼の説明によれば、タイマー式で急冷できる冷却装置(シンディ、という愛称で呼ぼう)は、電子レンジを使用するべき対象を,即座に作り上げることができる。
水分のみを分離して凍結するのとは違う。ちゃんと、その解凍とのサイクリックな成分の保持が保証されている。
「でもさ、」明人はふと疑問を感じた。「その容量では、実用には耐えられないんじゃないかな?」
ポットのようなその装置では、せいぜい500CCの缶ぐらいまでしか装着できないように見えたからだ。
「それは、ボクも思った。」晃司はその疑問を予期したかのように答えた。「実は、その解決策はあるのだが・・・」
彼は、ゴミの山のようなデスクの上から、バネの先にアイスピックが付いたようなものを引っ張りだした。シンディのアタッチメントのように、それを接続すると、今度は彼は後ろの箱の中からバナナを取り出した。
「刺すか、近づけるだけでいいんだけど、」晃司はそのアイスピックをバナナに刺して、再度シンディを作動させた。見る間に、バナナは白っぽく凍結していった。
「見ろよ」凍結したバナナを掴んで、明人にはそこらにあったやや細い角材を渡し、横にしっかり持たせたまま、バナナをえいや、っと角材に振り下ろした。
角材は折れて、バナナも少し真ん中で裂けた。
「例えば、このセンサーをスープの鍋に浸すと、中身だけが凍結する。牛乳に浸けると、いきなり砂糖なしミルクアイスが出来てしまう」晃司は説明した。「でも、もしも誤って別のモノに作動してしまったら、という安全保証の点で困っている」
「おい・・・」明人はふと身の危険を感じてたじろいだ。「まさか、それをオレに頼むために・・・呼んだんじゃないだろうな?」
「まさか」晃司は微笑みながら首を横に振った。「人体実験は、またモルモットでも使ってやるさ。ただ、な・・」
晃司はいいにくそうに小声で言った。
「作動させた結果が予想できないモノがある。例えば」
ロールキャベツ。または、杏仁豆腐。単品のみならいいが、複合した物質については、一概に結果が予想できない、と晃司は説明した。ほんのセンサーの位置によって、中にある物質またはその周辺の液体を冷却してしまう。どちらか一方にのみシンディが作用しているのは、センサーの調整不足によるものだ、と彼は思っているようだ。
「でさ、」さすがに、額に汗の雫を見せながら、晃司は明人に話した。「オマエだったら、専門分野だろ?こういうの」
確かに、明人はその道では上司にも一目置かれていた。もちろん、技術者としての彼として、興味がわかないはずはない。
「わかった。じゃ、少し時間をくれ。シンディ、持って帰ってもいいか?」
「もちろんだ。それからいままでのデータもCDに焼いているから持っていってくれ」
晃司は「あまり保たないけど」といいながら小型バッテリーも渡した。

センサーに組み込むプログラムを毎日少しずついじりながら、明人はシンディをただの家電製品とは思えなくなっていた。
凍結させるまでもなく、少し冷却したい場合にも、シンディは有効だ。
最初は、自分の部屋で冷えの足りないビールに使っていたりした明人だが、冷却度合いを,凍結させるまでに至らないまま、一定に保つ方法を発見した。
扇風機にかざしていれば、冷風が来ることもわかった。
「それならば」と、明人は一計を案じた。ヘルメットにセンサーを差し込むソケットを作った。そして、バイクで出かける時に、バッテリーを使ってリュックにシンディを入れて、アタッチメントをそのソケットに刺した。
幾度か温度の調整したのち、明人はエアコン付の乗用車と同等の快適さでバイクを走らせていた。
また、うっかり鍋のお湯を指にかけてしまって、慌てて冷水を流しっぱなしにして患部を冷やしたことがあった。でも「まてよ」と思った彼は、シンディのセンサーをおそるおそる指に近づけた。感度をなるべく絞ったせいで,効果てきめん、とはいかなかったが、その後,痛みはほとんど残らなかった。
「臓器の移植時にも使えるのかもな」
と明人は思った。そればかりか、もっと応用範囲が広がる予感もしていた。
ある日、とことん暑い日の夕方、蒸し風呂状態の自室で、いらいらした気分でエアコンをつける直前、彼はある実験を思いついた。
シンディの感度をいままでにない大きさにして、部屋の中央の空間にかざした。
(ま、そんなことはないと思うけど)
という彼のネガティブな予想に反して、部屋の温度は急速に下がっていくのがわかった。
驚いた彼は、さらに、駐車場まで走っていくと、強烈な西日に晒されていた乗用車の車内に入り、すぐさま流れ落ちる汗をぬぐおうともせず、同じ実験を行った。
容積の関係であろう。部屋でやったよりも、はるかに効果は絶大だった。

「うーん、こいつはすごいや」
明人は部屋のテーブルにシンディを鎮座ましまして、低い視線からみつめていた。
センサーを指でくるくるといじりながら、彼はどんな利用法があるかをわくわくしながら考えていた。そして、指から落ちたセンサーがテーブルの上の何かに当たった音がしたが、それは気にしないで、彼はさらに、晃司と一緒に、会社の最上階の大会議室で誇らしげにシンディの機能と販売戦略の発表をしているイメージを思い描いていた。それで地位が上がるとかいう理由ではなく、画期的な製品を作るプロセスに関与し得た満足感で明人は思わず笑みを隠さずにはおれなかった。
その時、コール音が聞こえた。
テーブルに置いてあった携帯を取り、明人は応答した。友人の(というのは同僚向けの建前だが、本当は彼女といっても差し支えない)由里からの電話だった。
そういえば、シンディに関わってからというものの、それまで2日に一度だった会話も、挨拶程度で終わってしまっていた。明人は反省し、出来る限り優しい言葉で応答したが、シンディのことはもう少し秘密にしたかったため、すべてを話すのを必死で我慢しながら30分ほど話を続けた。
最後は由里の方から「じゃあ」と言って切った。

1週間ほどして、資料を携えて、明人は晃司の部屋を訪れた。
しかし、以前ほどの軽やかな足取りで階段を上がってはいなかった。
なぜなら、2日前の夜、いきなり由里からごく短い絶縁の電話を受け取ったからだ。
自分の非はあったことは認めるが、それにしても、最近のシンディへの大きな夢と相まって、そのショックは小さいとはいえない。本当は外に出る気にもなれなかったのだが、晃司との約束の期日もあったし、重い足を引きずってようやく彼は晃司の部屋の前にたどり着いた。
「おぅ。待ってたよ」
晃司は,それまで少しずつ報告していた明人の実験結果に,彼以上の達成感を感じていたのは容易に見てとれた。
「オマエに頼んだのは正解だったな。いよっ,家電界のビルゲイツ!」
どうせならジョブズと言って欲しかった、というくだらないこだわりもストレスと感じながら、明人はそれでもシンディの素晴らしさを信じることで気分を紛らわせたかった。
「でもさ、こないだ、ちょっと気になることがあってさ・・・」晃司は、あまり深刻そうではなかった。「こっちでも[シンディ2号機]を使っていたんだけど、ちょっとコンポにセンサーが触れていたまま作動したみたいなんだ」
「?それで?」
「聞いてみるか?」
晃司はMDと、CDとDVDと、そして最後にCSを明人に聞かせた。
「どうだ?」
「何が?」晃司の音楽の趣味は明人とは少し違っていたので、ピンとこなかった。
「なんだか、・・・・それ以前と違うんだよ。そう、・・・音がキンキンと、まるで冷たくなってしまったみたいだと思わないか?」
「・・・今、なんて言った?」
「冷たい感じがするんだ。全く安定した素材だというのにさ。まるで・・・・」晃司は教室で先生に手を上げたにもかかわらず、突然答えを忘れた生徒のように答えた。
「まるで、シンディが・・・そうしてしまったかのように・・・」
そう言われて、明人は改めて耳を澄ませてCSのDJの声を聞いた。
もともと流暢に喋るDJには、たしかに人間的な温かさが失われているように思えた。
「どうしてこうなるのか、理由がわからないんだが・・たいした問題じゃないさ。きっと。」晃司は元通りに平気な様子だった。「でもさ、これであの偉そうな課長がたまげる顔が見られるんだから、いい気分だよな」
「ああ・・そうだな」
「お?なんだか元気ないな」晃司はやや眉を潜めた。
「あ、いや、その、シンディの機能については全く問題なかったよ。こっちの実験では。ただ・・」明人は、躊躇いながら重い口を開き、由里のことを晃司に話した。
「そっか、そういえば・・・」晃司は、彼の彼女(奈都美)からの話だ、と前置きして続けた。お互い、彼女は同じ勤務先にいる。「なんだか、明人から見捨てられた、とか言っていたらしい。いや、シンディが関係していないとは思うんだけどな・・」
「そんなはずはないんだが・・」
「そうだ、たしか・・・8月18日だったかな?あの日、奈都美に由里から電話があったらしい。なんだかあの人、冷たいの、って・・」
「8月18日・・・あの日は」明人は記憶を手繰った。あの日。シンディを前にして会話したあの日。「普通に話を続けたはず・・だが」
「それそれ。なんだ、ずーっと、まるで、邪魔者みたいな扱いされた、と思ったらしいぞ。由里ちゃん」
「ばかいえ。こっちは普通以上に丁寧に・・・」ふと、彼の記憶が蘇った。たしか、携帯をとった時に傍らにあったシンディのセンサー・・・「まさか・・・そんなことが・・」

シンディは晃司の発案・開発として彼らの電気機器メーカの製品化会議の席で正式にGOサインが出た。
そして様々なチェックを経て製品となって市場を席巻する日も間近に見えた。
明人はそっとその表舞台から身を引き、シンディのことは忘れようとしていた。
風の噂に由里の行方も耳にしたが、それも記憶の彼方に押し込めようと努力する日々が彼には無限に続くように思えた。

    <完>

[あとがき]
どーしよーもない暑い夏に思いついた寓話。
本当にあればいいんですけどね。
でも、今の世にあるモノで、開発前は「そんなモノができるはずがない」というモノも
たくさんあったはず。
展開のネタには「みちる」さんにもご協力いただきました。
この場を借りてお礼申し上げます。
実母への郵便物を、ボクら子供の家に転送してもらうサービスは、結論からして存在しませんでした。
一度は「出来ます」と教えてくれた普通の小さい街中の郵便局の職員は、電話で、再度確認する、といって、かけなおしてきたときは「すみません、間違ってました・・」と。
入院の関係で、一時的に病院に転送するケースならばOKだが、それ以外はムリ。
たとえば、世界旅行にでかけるので長期不在となるので一時的に親戚に郵便物を転送、というのはダメだそうだ。
局に留め置きはできる。
その代わり、家族ごと海外に赴任するとき、すなわち海外、というキーワードがあれば、転送は可能。
何が基準なのか、よくわからない。
セキュリティの関係もあるのかもしれないが、利用者ファーストではないのは確かだ。
実母がグループホームに移る場合は、転居と同じ扱いにできるので、グループホームで受け取って、我々にあとで渡してもらえることは可能。
これしかない。
郵便局の担当者は「これはオフレコですが」みたいに教えてくれた、グレーな方法もあったが、それも面倒。



一方、ボクの運転免許の更新の案内が先月にきていました。
運転免許試験場ならばすぐに交付してもらえるが、あそこまで行くのがちょっと億劫。
市内の警察署で手続きすることにして、問い合わせ。
今の勤務状況では、平日の午前中は休めないが、午後にちょっと早めにあがることはできそうだ。
夕方4時までの受付が決まりだが、ぎりぎりでは困りますよね、と気を利かせてリミットをきくと、10~15分前までに行けばOK、と。
ついでに、受付して、実際に更新後の免許証を受け取れるには期間が必要なのはわかっているが、今は何日くらいなんでしょう?と訊くと、
「私は当直要員なので・・・詳しい者にかわります」
だいたいでいいんだけど、と怪訝に思ったが、待ってみる。
担当らしき冷たいトーンの女性がでる。説明すると
「ゴールドの方でしたら、ビデオを見て、30分くらいでしょうか」
「いえいえ、当日の手続きの時間のことじゃなくて、実際の免許証を受け取りできるまでの期間です」
「2週間です」
「ええ!そんなに?」
「今の免許証は穴を開けてお渡ししていますので、有効期間もそこにお知らせしておりますが(もう、更新にこられたんでしょ?)」
「いや、これから更新に行くんだけど」
なんとなく、ピントのずれた対応。
「受け取りの時間は、受け取り可能な日以降なら、24時間大丈夫ですよね」
「いえ、朝から夕方までです」
「え?そうなん?(たしか、免停後、再度復活した免許証を受け取るときは、夜中の0時に受け取れたのに)」
警察署は24H休みなしだと思っていたが・・

どちらにしても、やはり民間に比べて、対応はいまだにユルいなぁ・・・
あ!JPって民間だったっけ(^^;ホンマ?




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朝寝坊して、昼からの都道府県対抗女子駅伝までには帰れるように走る準備。
まあ、9時くらいに出発すればよかろう。
8時半頃、アプリで中区の気温を見る。
-2℃。えええ?
確かに、外にある車のフロントは凍っているが・・・明るい日差しなのに。

仕度して9:30頃にスタート。
下はタイツで、上は最初は上着を着る。

いつもどおり、寒い感覚はないが、上着を脱ぐとてきめんに寒さを感じる。
あとで調べると、9時では、正確にはぎりぎり氷点下だったようだ。

目的地は「おかやま工房」。昼食にパンを買う。
ついでに、実母の家により、しばらく前から紛失しているような「健康保険証」を探す予定。

だから、ルートは気まぐれ。
途中、平井の急な坂を登る気になり、止まらないで走る。
以前よりは、坂の意識が少なくなった。

覚え)今は山の上の火葬場は新築工事中


下り坂では、いつも、岡山市内がちょっとだけ「大都会」に見えるアングルがあるが、これは気のせい??(^^;
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通っていた小学校のそばを通り、今はキチンと整備されて駐車場になっている、小学校の裏山を通る。
放課後の遊び場でもあった場所だ。
見晴らしがいい。
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降りると、「地蔵川」と呼ばれる旭川の支流がある。
この近くには「御成川(おなりがわ)」とも呼ばれる支流もあるのだが、その区別はよくわからない。
昔はキレイになっていた水門?
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左のフェンスの向こうは小学校。

ここらの抜け道は、昔とほとんど変わらない。
勝手知ったる庭のように、ささっと走っていく。

実母の家に着いたが、ボクの名前を言っても「そんな人知らない」と言われる。
無視して、兄に教えてもらった、健康保険証のありかと思われる小さなバッグを探す。
しかし、ない。
昨日も、ケアマネさんが探してくれたが、なかった。
と、実母も後ろでぶつぶつ言ってくれている(苦笑
再発行もできるはずなのだが、それでも郵便物のやりとりが必要だろう。

半年前から、郵便物を実母が見るたびに対応に困ってケアマネさんやヘルパーさんに相談することが多く「(おそらく、無用な対応を避けるために)郵便物は転送するよう、手続きしてください」とケアマネさんから強く頼まれていました。
やり方はボクが郵便局に電話して調べて、転送先は(結果として相続となる)兄がよいだろう、と、やり方を教えたのに、一向に対応してくれない。
ことあるごとに兄は「こっちも忙しいんだよ」と繰りかえすが、こちらもヒマではない。
「お母さんに、楽で安全な生活をしてもらうためのミッション」を達成するために、なんとかしようとしている。
かといって、もしも「兄貴、もっとちゃんとやろうよ」と、弟のボクからいえば「なにを!(生意気に。こっちもちゃんとやってるんだ!)」とキレかけそうな性格の兄だ(たぶん)。
仕方がないので、転送先をボクにすれば、あと必要なものは、実母の住所と名前が照合できる物。
たとえば、みんなが当然持っている「健康保険証」がいいのだが、それが見つからないことには先には進めない。

実母のバッグをごそごそしていると、2年前に運転免許を返納した代わりにもらった「愛カード」があり、裏にはそれまでの運転免許証の写しがありました。
これでも代わりになるかな、と郵便局に電話したが、大きな局(中央郵便局)でも今日は営業していない。
お客様センターみたいなとこに電話するとフリーダイヤルで「携帯電話からはお繋ぎできません」と。
いつの時代のサービスだ!をい。
実母のNTT電話からコールするが「込み合っているので」と相当待たされる。
経緯を説明すると、こちらが「転送届が」と言うと「転居届ですよね」とつつかれる。
サービスの内容も、以前小さな郵便局できいたものを復唱すると「えー、郵便局によって、違うんです」と。
入院や旅行で、長期不在となるため、一時的に別の住所の親戚に郵便物を転送できるサービスだが、以前の問い合わせでは条件はなかったのに、今日は「入院時に限る、転送先は病院のみ」と言われる。
「以前は、これこれこう言われたのですが」と言うと
「そこの郵便局ではできるのかもしれません」だと?
なんで標準化されてないん?
おかしいやろ!

とりあえず、平日に電話するか。
兄には、メールばかりしているが、数日前に長い文章内容をPCから送ると、「届かない」と。
数ヶ月前には送ったことがあるのに。
そのときも、届いたかどうかの返信はない。
そのときはどうだったの?ドメインが変わった?とスマホメールで送っても、回答なし。

忙しい、というから、音声通話は呼び出し音もわずらわしいだろうから、と、余裕をもって回答できるメール主体に変えているのに、そこから返信がなければ、連携することはもはや不可能。
あまりIT関連に詳しくない兄だが、返信くらいできるだろう、と心の中でしか叫べない。
自分の妻や子供も頼れない、兄弟も頼めない、叔父も、なんだかボクには否定的だ。
昔のように、そういった関係をすべて含めて諌めてくれるような存在の人間はいない。
ボクがやっていることは正しいと信じているのだが、誤っているなら、そう質してくれる人もいない。それは兄にとっても、だ。
だんだん上の人がいなくなることに、もっと年齢が上の人は、どう対処しているのだろう。
あくまで、ボク自身が悪いから?
わからん・・・・・・・・・・・




実母の家を出て、「おかやま工房」でパンを買うが、ちょうど悪いタイミングのようで、買いたかったクロワッサン類はできるまであと10分はかかるそうだ。
家の家族に1つずつ、4個ほど選んで帰る。

最終的には14.5キロくらい。

着替えて、パンはリビングのテーブルに各自用に置いておく。
ヨメさん・・カスタードクリームパン
上の娘・・・ガーリックフランス
下の娘・・・クロックムッシュ
ボク・・・・カレーパン

都道府県対抗女子駅伝をずっと見る。
8区の中学生は、出場大会選手最軽量だそうだが、ホンマにかぼそい。
9区の小原、区間1位だったが、最終結果4位。タイム差が20秒ならなんとかなったかも。
1区の33位がなんとかなってれば・・だが、まあ、健闘は讃えてあげたいね。




第2回プラチナブロガーコンテスト



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20年以上前の作品かなぁ~

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「ページャー・ジゴロ」



「来た,な」
蓮井将太はPCから聞こえたノックの音に気づいた。
直接相手と会話できるページャのシステムでは、チャット可能なIDがウインドウの一覧に表示される。将太のそれには,びっしりとIDが並んでいた。もう夜の1時をまわっている。
どのIDがオンラインになったか確認する前に、通知用の澄んだWAV音と共に、速やかに相手から送信メッセージが発行された。
「こんばんは。お元気?」
今日はこれでCRTに映っているのは4つめとなる送受信のウインドウを開き、将太は相手とチャットを開始した。
他の3人にも同様に送受信のウインドウがあり、それらを切り替えながら彼はひたすらタイピングを続けていた。
こういう生活が、もう半年続いている。
相手は、必ず女性だった。掲示板への書き込みや、彼のHPの内容に惹かれて、まったく他人の人々が彼のページャIDを登録してくるのだった。そのためには、いろいろと興味をひく内容を準備しなくてはならなかったが、なんとなくそのコツが彼にはわかっていた。1回でも呼びかけてくれれば、あとは会話を続けられるだけのボキャボラリと話題の豊富さと相手の自尊心をくすぐる「話術」を彼は持っていた。当然、そのためにはあらゆる雑誌や新聞に毎日一通り目を通す努力と頭の回転の早さも必要だったが。もちろん、20代後半の彼は、一般的に好ましく思われるだけのルックスも備えていた。
その甲斐もあって、よっぽどの遠距離の人でない限り、彼が直接会う機会を提案することにNOという女性はいなかった。そこで食事に誘うなり、いい仲になるなり、ある程度好意が彼にとってプラスとなった段階で、彼は「ゲームの終わり」と考えて別のターゲットに移るのだった。
相手が知っているのは、彼のIDだけ。携帯の番号は教えても、拒否応答機能で、二度と連絡をとれなくすることも簡単だ。それ以降、ページャでいくらしつこくメッセージを送信してきても、無視し続ければ向こうは諦めざるを得ないシステム。
その一見卑劣なやり方に対する自己嫌悪感も、将太にとってはかなり薄いものだった。
なぜなら・・・・

彼にも苦い経験があった。かつて、ページャを通じて心から愛した女性は、結局その世界の中での関係しか望んでいなかった。毎日長い時間のチャットを通じて、お互い、気持は手に取るようにわかった時期もあった。しかし現実問題としてはどうしても踏み切ることができなかった。それが特殊なケースだったとしても、彼には容易にその傷を治癒することはできなかった。
そうなってしまってから、その世界で自分が楽しむことに、彼が躊躇する理由はなかった。

一通りの会話を済ませたあと、彼はステイタスを変更し、「ただいま多忙」としておいた。そしてメールとネットニュースを閲覧したあと、再びステイタスを戻すと、未練がましい相手からのメッセージが表示された。
それをいちおう眺めながら消していくうち、彼はあるIDに気がついた。
相手の中でも、別の県の支店にいるかつての同僚の女性もいて、今の彼の「ゲーム」とは離れた存在であったはずだ。その彼女(ー新谷和美ー)は連絡も少なくなり、今は自然消滅的に途絶えていた。
しかし、今、和美から、「また会って欲しい」というメッセージが書き連ねてあったのだ。彼女のさっぱりした性格を考えると、とても本人のものとは思えなかった。
「おかしいなぁ」
翌日、彼女の勤務先に電話を繋いだ。既に育児休暇にはいった,ときき,彼女の自宅の番号を教えてもらってコールした。彼女からは、今は子育てでPCをいじる余裕はないし、当分その予定はない、と手短かに説明された。
それでも、ページャのIDは抹消していないので、またいつか再開したい、とも言われた。
家で、もう一度メモしておいたIDを眺めた。でも、念入りな確認は不要だった。しばらくして繋いだページャでは,またも同じようなメッセージでそのIDで送信されてきたのだから。
「会ってくれなければ、私は死にます」
彼にとってはこれも彼女らの常套句ととらえていたのだが、今回は気になった。和美に危険があっても困る。彼女のIDを悪用しているとしたら、なんとかその人物をつきとめなくてはならないと思った。
オンラインなのを確かめて、彼は和美<のIDの女性>とチャットを開始した。
syou:こんばんは
kazu103:あ・・・こんばんは。うれしい・・
syou:なにが?嬉しいって?
kazu103:だって・・答えてくれないと思っていたから
syou:ごめんよ。忙しかったんでね。で、この前はいつ話したっけ?
kazu103:ずっと前・・私達が知り合う前・・・
syou:ええ?
kazu103:忘れたの?
syou:ごめん。よかったら教えて欲しい。
(まいったな、マトモじゃないのかな)と将太は当惑していた。応答はかなり遅れて返ってきた。
kazu103:新谷和美さん、っていたわね。
うっと将太は唾を飲んだ。
syou:なんで・・・・なんで、キミは知っているんだ?
kazu103:なぜでしょうv(^o^)v
syou:キミは本当は和美なんだろ?
kazu103:そんなワケ、ないじゃない。やっと使えるようにしたのよ。このID。あなたにちゃんと話ができるように。
syou:ふざけるなよ。ならば、キミのやってることは犯罪だぜ。
kazu103:じゃ、あなたのやってることは許されるの?新谷和美の友達のma_saを覚えてないの?
「そ、それは・・・」と打とうとして指が止まった。ma_saは広田恵という女性のIDであり、彼が捨てた女性の一人だ。和美の知り合いだ、というのに。
kazu103:ふざけてるのは、あなた。見てなさい。
チャットはそれで途切れた。
偶然と呼ぶにはあまりに危険な事実だ。それでも、彼にはまだ,それは謎の女性の虚勢としか思えなかった。

翌日の朝、出勤して彼が自分のデスクのPCでネットのニュースに目を走らせていた時。
一般記事で、「・・変死」の見出しが見えた。内容を読んで、将太は椅子から落ちそうになった。誰も住んでいないアパートの一室で、若い女性が変死。被害者の名前は、まさしく広田恵だった。
文字ベースで淡々と綴られた文章は、それでも十分彼にショックだった。
仕事がたまたま多忙でなかったせいもあって、彼はいろんな可能性について思いをめぐらすのだが、どうしても回答はでなかった。
これは偶然だ、とかぶりを振っても、すぐにその思惑はかき消されてしまう。

その夜も、ページャでは例の女性があがってきていた。
kazu103:どう?ご気分は?元気?
syou:そんなワケないだろ。
kazu103:それはご愁傷様
syou:ふざけるな
kazu103:それは私達のセリフなの。記憶力悪いのね。
syou:だまれ
kazu103:今度はあの子ね
syou:あの子?
kazu103:hitomi88
hitomi88は一ヶ月ほど前に「切った」相手だ。2度ほど、彼女の部屋に泊まったことがある。
kazu103:IDはね、ちょちょっと調べれば、わかったの。パスワードもね。
syou:ハッキングしてんのか?
kazu103:失礼ねー。これは「仇討ち」よ。月にかわって、オシオキかもね(笑)
syou:この・・・・人殺し野郎。
kazu103:そういうアンタは、なんなのよー。わかってんの?
syou:ボクは人を殺したりしない。
kazu103:わかってないねー。もちょっと賢くなりなさい。
女性とのチャットは切れた。
いきなり,受信を示すWAV音が、hitomi88からのメッセージを伝えた。
「これ以上、耐えられない」

翌日。見るつもりはなかったが、彼はネットのニュースのページを開いた。そして、再び「その」記事を見つけてしまった。hitomi88の本当の名前が、自殺記事の中に埋め込まれていた。

その日は、ページャに繋ぐ勇気はなく、将太はベッドにもぐり込んでいた。
それでも目は冴えてしまうのだった。いつものように、毎日一度は繋いできた習慣から、彼は知らず知らずに真っ暗な部屋を歩いて、PCの電源を入れた。
あの女性がノックの音を鳴らした。
kazu103:おはろー
拒否するでもないく、打ち返すでもなく、将太は眺めていた。
kazu103:起きてるのー
kazu103:ねえねえ、見た?
kazu103:今度はねぇ・・・
将太の指が稲妻のようにキーボードの上を動いた。
syou:おい!おまえ!・・・
kazu103:なによー。
syou:・・・どうすればいいんだ。あの子らに手を出さないようにするには。
kazu103:
syou:教えてくれ。
kazu103:悔い改めるっての?
syou:そうだ。
kazu103:本当?
syou:本当だ。
kazu103:うそだろーなー
syou:ちがう。
kazu103:どうやって証明するの?
syou:どうやってって・・・・・
kazu103:たとえば。
しばらく間があいた。
kazu103:そこから飛び降りられる?
syou:ええ?!
kazu103:たしか、8階だったよねー
syou:なんで、オレがそこまで・・・
kazu103:何いってんの!あのコたちは、どうだっていうの?死んじゃったのよ!
kazu103:あなたの仕打ちが、どれだけ人を傷つけたか、わかってないんでしょ。
syou:それは、わかってる
kazu103:わかってない。
syou:わかるさ。オレも、前はそうだったんだから。
kazu103:あ、そうそう、次のコね、koaranだから。
koaranは、将太がかつて愛して、そして今の不実な彼となる理由を作った
女性のIDだ。
syou:それは・・・やめてくれ。
kazu103:あれ?おっかしーなー。あなたは憎んでいるんでしょ?
syou:そう、でも、彼女は・・・勘弁してほしい。
kazu103:は!おめでたいもんね!
syou:やめろ。
kazu103:もう、遅いわ。じゃ、ね。
syou:おい!お前だって、犯罪者だぞ。いい気になるんじゃない!
kazu103”はログアウトしました。
通信は切れた。

将太は,手帳からkoaranこと田口琴美の電話番号を探した。既に、携帯の電話帳からは消去している。
ダイヤルするのに、かなりの時間迷いながら、それでも、やっとのことで将太は琴美の番号をコールした。
「はい?」
「あ・・・・オレです。」
「はぁ?誰?」
「蓮井です。」
「あ・・・・しょうちゃん。・・」
「時間が・・・・ないんだ」
出来る限りの誠意を見せて話し、彼は琴美に、部屋で待ってくれるよう懇願した。案外拒否感は持たれていない返事を受けて、彼はバイクで彼女のマンションに急いで向かった。彼女に危険が迫っていることは話さなかった。
深夜にもかかわらず、琴美はイヤな顔もせず、部屋に案内してくれた。
「どうしたっての?」ポットに入ったアールグレイをカップに注ぎながら琴美は美しい瞳を将太に向けた。「こんな夜中に、いきなりなんだもん」
「ごめん。でも」将太は言いづらそうにして続けた。「今夜、一緒にここにいさせてもらえないだろうか」
「・・・・・ええ?」
「いや、変な意味じゃなくて」言ってしまって、将太は舌打ちした。
「今夜だけ、話をしたい。頼む」
「まぁ、明日は休みだし、いいけど・・」琴美は困惑しながら、それでも申し出を受け入れてくれた。
あまり弾んだ会話ではなかったが、将太はできるだけ途切れないように話を続けた。ともすれば恨み話にならないように、今の仕事の話に終始していた。そして、時々、ドアの外の物音に耳をそばだてていた。
「そうそう、おもしろいページ、見つけたの」夜明けが近い頃、琴美が自分のノートPCを持ってきてテーブルに置いた。なんとか延ばして繋いだ電話ケーブルをジャックに差し、彼女はあるページを将太に見せた。
その中身を見て、将太は眠気を忘れて愕然とした。

トラブルシューティング、というカテゴリに、「ページャ」の記事があった。
そこには、対応に問題のあるIDの人間への対処法や、その相談役の人間が扱うメーリングリストまで案内してあった。その中で、最も彼が目を瞠ったのは、個別ニュース配信サービスへの介入方法だった。
これなら、特定の個人に架空のニュースを流すことができる。
「そうか・・・」
ぼんやり画面を見つめる将太を、琴美が首を傾げて見つめていた。
「どうしたの?まだ、しょうちゃん、ページャやってるんだっけ?」
「うん・・・」
「悪いヤツ、いるよね。あんまり多いから、こんなページ、できるんだよね。」琴美は妙に真面目な口調で,彼に向かってともなく話した。「その点、しょうちゃんって、優しかったよね。こういうの見ると、改めて、思うよ」
琴美が、ゆっくりと彼の右肩に触れるのがわかった。
将太が画面を少し下にスクロールすると、メーリングリストのアドレスに、見た覚えのある名前が表示されていた。

将太の電話が鳴った。
「おーい!。元気かぁ」
「?誰ですか?」起き抜けの彼には見知らぬ声ではなかったが、判別するところまではいかなかった。
「和美だよ!わかるぅ?」
「あ・・・・ああ!新谷さん。」
「やっと目が覚めたかい?体も、ひねくれてた心も、さ」
「え?」
「ま、適当にやれよー。じゃあな!ちゃんと会社行けよ!」
和美が例のHPのメーリングリストを主催していたのを知ったはそれからしばらくあとのことだった。そして、彼女らに寄せられるメールのブラックリストに頻繁に載せられていたのが将太だ。琴美も参加者の一人だったが、それは他の人の参加動機とは一線を画していた。むしろ、孤軍奮闘で彼を擁護する立場だったという。かつては自分も好意を持っていた彼のことをずっと忘れないでいてくれたという。

将太の相手のページャIDがたった一つになってしまってから、もう2ヶ月になる。そして、それももう少しすれば不要となって消えるであろうことも、彼にはよくわかっていた。

    <完>

[あとがき]
きっと御存知だとは思いますが、ここで使っているページャ、とは某社(バレとるがな)のチャット用ソフト。掲示板なりで見つけたIDを登録すると,どちらも繋いでいればオンラインになります。
けっして、これはすべてが体験談ではありません。
それに近い話はきっとどこかで起きている、みたいな。
人を殺すトリックが下手なもので「効果はいま一つのよう」なのですが、ページャの雰囲気が表現できてたらいいな、と思います。

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「10年目」



「まもなく三宮に到着いたします。」
車内のアナウンスが、人声に消えそうになりながら響いた。
日曜日の朝11時頃。結局安田友昭は姫路からずっと座ることなく、混み合う車両の隅に立ち続けていた。しかし、それほどの疲労感はない。
ホームに降りて、そして少し道に戸惑いながら、陽光眩しい街へと歩み出した。10月の第三日曜日。秋らしい空気は、ふと友昭をセンチメンタルな気分にさせたが、とにかく、彼は目的地を目指して街の南へと歩いていった。
商店街は彼の住む地方都市とは違う賑わいを見せていた。
(あの時も、そうだったな)
友昭は10年前を思い出していた。

大学時代、2つ下に望月佐和子、という女性がいた。
同じサークルの先輩後輩の間柄であり、お互いに別の異性とつきあっていたのではあるが、大学を卒業後も、機会があれば数ヶ月ごとに出逢って食事くらいは一緒にしていた関係だった。
大阪の化粧品会社に勤務していた佐和子と,出張で大阪に来た友昭が久々に飲みにいった時、「神戸に遊びに行こう」と計画したのが、ちょうど10年前だった。
そしてその日、メリケンパークで待ち合わせて、月餅を買って,中華街の有名な店の前に並んで昼食をとり、北野を歩いた。
彼は半年後には結婚を控えており、彼女もまた、プロポーズされるのは時間の問題であることを,会話の中で確認していた。それでも、話をしていて大学以来の記憶を共有する彼女との時間は貴重なものだと彼は認識していた。
夕暮れの通りで、彼はある提案をした。
「10年後に、もう一度、会わないか」
あまりに唐突だったので、断られてもいい、と思っていたが、彼女は答えた。
「・・・・ふふっ,おもしろいわ。で、どこで、どうするの?」
「10年後の、今、つまり、10月。日曜日でないと難しいから、
第三日曜日。時刻は正午で、場所は、あの中華街の中央では、どうだい?」
「いいわ。でも・・・・その時は私もおばさんかもしれないなぁ。」
「大丈夫。その時はボクも釣り合いがとれているように努力するよ」
「・・そうね」
いままでも、意外性を持った彼の演出を喜んでくれていた佐和子だ。
彼女はそれに続けた。
「それまで、お互い、約束のことは口にしないこと。いい?電話で話しても、そのことは出さない。」
「いいよ。それでいこう」
それ以来、会話することはあっても、約束の件は、どちらも黙っていた。

昼12時前。
友昭は中華街の入り口をくぐり、足早に歩いていた。
まもなく十字に交差する場所にくる。そこには、スーツ姿の女性の後ろ姿があった。
声をかける前に、彼女の横顔が見えた。
そのとたん、彼ははっとして傍らの店へと身を隠した。
(たしかに、佐和子・・だよな・・・)
あの約束をかわすまでの数年、彼女はまるで高校生のようなしぐささえ見せていたのに、あの落ち着き様はどうだ。
彼女が予定していた結婚は破棄し、いまだに仕事に情熱を失っていないことは知っていたが、それでも、彼女の変わりようは、彼にはショックだった。
考えをまとめるために、彼は一旦引き返すことにした。
約束を律儀に守ってくれた彼女には感謝しながら、それでもそれに応える勇気のない自分にふがいない思いを感じながら。
入り口の「鳥居」で立ち止まって、タバコを出した。
深く吸い込んだ煙を2度ほど大きくはきだした時だった。
(おまえ、それで、いいのか?)
回りに誰もいないのを確認してから、彼はじっと前を見据えていた。
(聞こえないのか?彼女はどうするつもりだ)
「どうするって」
そこで慌てて口を押さえて、彼は頭の中でつぶやいた。
(まだ、決めていない)
(彼女は30分前から待っていたぞ。約束をどう思っている?)
(あんたは、だれだ)
(そんなことはどうでもいい。おまえには取るべき責任がある)
(・・・・そりゃ、そうだけど・・・でもなぁ、)
(わかった。おまえの言うこともわかる。いいか、よく聞けよ。
彼女との想い出を話してみろ。それで、状況は良くなるはずだ。)
(どういう意味だ?)
(とにかく、おまえも、このまま立ち去る勇気はあるまい。彼女を傷つけたくなかったら、言う通りにするんだな)
タバコを携帯灰皿に捨てたあと、彼は向こうを見つめた。人影に邪魔されながら、彼女の姿はそのままの場所にあるのがわかった。
もう1本のタバコを半分ほど吸い残して、彼は歩き始めた。

「よ、よお」
「あ・・」
化粧の濃い佐和子は、それでも昔通りの笑顔で友昭を迎えた。
「待ってたんだ」
「うん。・・友昭、変わらないね。前と」
「佐和子も変わらないよ。全然」
だいたいのお互いの今の仕事の状況とかは、わかっていた。
それには背を向けるつもりで「10年前、覚えてる?」友昭は切り出した。
「待ち合わせで会った場所の噴水。虹が見えてたんだよな。写真送ったから、覚えてるよね」
「うん」佐和子はまっすぐに友昭を見つめて言った。「覚えてる。通りかかったアベックがいて、ちょっと恥ずかしかった」
「え?そうだったっけ?」
「もう・・・これだから・・・」
佐和子の唇が、きらっと光ったように思えた。
「ごめん。で、とりあえずお昼だけど、前と同じ店だけど、行ってみる?」
「ええ。」
ヤキソバが売り物の中華料理店の前で以前と同じように、ふたりで椅子に座って待つことにした。
「ほら、あそこ、同じね、あの時と」
正面の店を指さして、佐和子は彼の記憶をしっかりとたぐり寄せているかのようだった。
追憶を呼び覚まされるたびに、彼には、彼女の変化がわかってきた。
それは徐々にではあるが、化粧が落ちて、肌の輝きがみずみずしくなってくるようだった。
やっと店に入って注文した時、佐和子は10年前のあの時よりもむしろ若くなったように見えた。まるで、・・・まるで、彼女と大学で初めて出逢った時のように。
10年どころか、それ以前の記憶をフラッシュバックするかのような会話のあと、2人は海岸に向かった。

「ここで、写真撮ったんだよな」
「・・・・・そうね。今思うと、ちょっと恥ずかしいけど」
本当にはにかんだような様子が、友昭には眩しく見えた。たしかに、可愛い。きらきら光る海をしばらく見つめて、彼は我慢できなくなって切り出した。

「実はね、」なかなか次が言えなかった。「さっき佐和子を見た時、・・・・」
「がっかりした?」佐和子はにこにこして答えた。「そうだよね。ワタシも、そう思うよ」
「え?」
「最初、友昭がこっちに来るのが見えたんだ。そして、引き返すのもね。そりゃそうだよね、随分変わっているもん」
「・・・・」
「でもね、なんだか、聞こえてきたの。頭の中で。それでも、こうやって会いに来てくれた彼を大事にしてやりなさい、って。そうすれば、ワタシも彼も、今日はきっとうまく行く、って」
「そうか・・・」
「こうやって、友昭と懐かしい話してると、気分だけじゃなくて、本当にタイムスリップしちゃうみたい。」
「そうだよな。いや、今だから言うが、佐和子、こうやって話してるだけで、キミの化粧が薄くなって若返ってるみたいなんだ。これはお世辞じゃなく。」
「・・・・そんな・・・」佐和子は後ろを向いて、コンパクトを出した。
そこにちらっと自分の姿が見えたとたん、友昭は彼女に叫んだ。
「ち、ちょっと、見せてくれないか」
彼女が若返っているのはわかるが、そのミラーに写った彼の顔もまた、大学時代のそれと同じだった。
「こ、これは・・・」
狼狽する彼に、彼女は静かな表情で話しかけた。
「10年後、よかったらまた、会ってくれない?」

    <完>


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「FLOW」


夕暮れの川面を見渡せる土手の上。
駐車した車の中でじっと前を見つめる武史と千紗。
武史「やっぱ、辞めることにする。」
千紗「・・そう。」
武史「あれだけ威圧的な上司の相手は、もう御免だ。我慢し続けて、もう半年になるしな・・」
千紗「・・・・・そういってたあなた、いままで何度見たかしら。」
武史「なんだって・・・・?」
千紗「大抵、そう。オレは我慢した、でも、ヤツが悪い。オレは正しい。それはわかるけど、それを今度、いえ、仕事している限り,二度と言わない保証はないんじゃない?」
武史「わかったふうなことを言うじゃないか」
千紗「今はまだ、武史の年代ならやりなおせるけど、いつかできない時がくるわ。その時、どうするつもり?」
武史「やり直せるさ。何度でも。不本意な仕事を続けることが[生きる]ことじゃないことくらいはわかるだろう」
千紗「そうかしら・・・・」
雲間から,おそらく今日最後の出番となる夕陽が輝きを増したようだった。
千紗「あの川辺の草は、あそこで一生を全うするんだわ。あの川に流されてゆく小舟も、そう。生きて行く,ということはそういうことじゃないかしら」
武史「・・違うな。何か求めて、違う流れを探す、その終点を目指すことができるから、生きる価値がある。」
千紗「でもね・・・」武史がちらっと見た千紗の瞳が赤く映っていた。
「終点って、途中が枝分かれしていても、本流は変わらないかもしれないでしょ」
武史「やれやれ・・・」武史はぽん、とハンドルを叩いた。「所詮千紗にはわからないんだろうな・・・」
千紗「わかるわ。武史の乗った小舟は、川岸の淀んだ水に捕らわれて,嫌気がさしているだけ。そんなにたいしたことじゃない」
武史「・・じゃあ、待っていればいつか清らかな水が小舟を運んでいってくれるとでも言うのかい?」
千紗「・・・・そんなとこね。」
武史「バカな」
千紗「きっと」川岸に風が流れてきたようだった。背の高い草が一斉になびいた。「小舟にとって大事なのは、どこの海に出るのか、[知る]ことなのよ・・・」

車内のFMからbirdの「flow」が聞こえてきた。
歌声のない、インストゥルメンタル。
晩夏の終わりの夕暮れは、メロディに同化するかのようにボサノヴァのリズムを心地よく2人に伝えるようだった・・。

    <完>

[あとがき]
birdの歌が,あまりにもマッチした時刻に見た風景より。
読んでいただく時のBGMは、是非「FLOW」にしていただきたい。


1980年代のコンピュータ業界あるある(笑
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 夜の10時前。
 梅雨特有の、湿気の加担した暑さがまだ残っていた。交差点からゆるい坂道をすこし歩くと、マンションを兼ねた事務所の9階建てのビルが、白い姿をぼんやりと映していた。派遣会社のオペレータである彼は、エレベータではなく、階段で3階まで上がる。シャッターの端の通用口から入って廊下を右へいくと、電算室だ。
 「おはようございまあす」
小田はちょっと上半身を曲げたが、やはりいつものとおり、ユーザー達はもうその部屋には残っていなかった。服をロッカーにしまって、作業用のジャンパーをハンガーからはずそうとしたら、
 「ごくろうさんです」
と、彼と交替になる、2直の馬場がマシン室から出てくるなり、言った。
 「おっおっ小田さん、今日、デッキでEQC(*1)がよくでるんですよ。更新JOB、気をつけて、くっください」
 「あっ そう」
 舌打ちしそうになりながら、小田は生返事をした。なにせ、この馬場はあまり信頼できない。いつも、なにかというと、ポカをやらかす。まあ、もう一度ソルベント(*2)でクリーニングすればいいだろ、と思いながら、彼も馬場と同じジャンパーに着替えて、業務日誌に目を移した。
 程無く、もう一人の松崎が現れた。きょうは、小田と夜勤となる。
 普段からとくに口数は多くはないが、てきぱきと仕事をこなす松崎を見て、小田も安心した。
 「松崎い、今日、未収だから、な」
 未収とは、彼らの扱う信販系の業務になくてはならない、債権取り立ての為の文書の作成を行う作業である。いつもよりは忙しくなる。
 松崎も初めてではないので、ああそう、という風にうなずき、黙々と仕事の準備をしていた。
 小田は、この未収の作業が、始めは興味があった。こんなに大きな金額を払う程の人がいたのか、とか、不謹慎ではあるが、一体、どんな取り立てがされるんだろう、とか考えていた時もあった。しかし、ある時から、何百万もの金額をたとえば明日までに返済せよ、などという請求書を見る度に、返す人のことを考えて、心苦しくなった。そう思いだすと、夜明けまでの何時間かをこの夜の闇と共に過ごすのが、すこし苦痛にも感じた。多分、朝5時頃の忙しさにかまけてそんな余裕はないだろうと思ってはみても。

 朝2時。
 作業も一段落し、小田は、いつものとおり、松崎にあと2時間を頼むことにして、夜食と休憩をとることにした。この夜勤では、体もきついので、完全に相手に任せる時間を決めている。2時間後からは小田の担当となる。
 すこし眠気を感じて、彼はいすを並べて横になった。
 かなり長い夢を見た、と思ったとたん、誰かに起こされた。松崎だ。
 「小田さん、ちょっと」
 マシン室へ入った。
 「どうも、MTデッキの調子が悪い」
 「EQCか?」
 「うん、それもなんですが、メッセージがどうも・・」
 「コンソールの?」
 「ええ、まあ・・」
 センターコンソールを小田が見てみた。赤い警告メッセージが3つほど上に並んでいた。どうも、字が化けているみたいで、エラーの状態はよくわからない。こんなことは今までになかった。
 「松崎、とりあえず、ヘッド掃除してMTかけてみてよ」
 小田は一旦マシン室から出て、サブコンソールのパワーをいれた。ログをファイルに落とし、メッセージのコードを調べた。
 「どうもJEFコード(*3)らしいが、・・ん・我・・われ に債 権 を?  行使する   もの 全てに・・・・・死! ええっ!」
 彼がガラス越しにマシン室に顔を上げると同時に、松崎がMTをかける姿が見えた。
 「まつざきい!」
 叫びながら、彼がドアを開けようとすると、何の具合か、引っ掛かって、動かない。  ドアを叩く小田の耳に聞こえたのは、松崎の叫び声だった。しかし、マシンの空調装置のせいで、中の音は、外でははるかに小さく聞こえるのは、
小田もわかっていた。窓を覗いた。
 小田は信じられなかった。
 松崎は、たしかにデッキの前に立っていた。
 両手の肘から先をなくしたままの姿で。
 デッキは?デッキはMTをセットすれば、ガラスの扉が下から閉まる。
デッキの中には、松崎のセットしたMTがあった。ただし、彼の2本の腕をからめたまま、奇妙な騒音と紅の大理石のような模様を描きながら・・・・。

 とび起きたと同時に、一瞬、自分のいる場所がわからず、小田はきょろきょろしてしまった。ほどなく、松崎がマシン室から出てきた。
 「!!ま まつざきい・・」
 「??? どうしたんです 小田さん」
 「い、いや・・」
 小田は、松崎の手を確認した。こめかみに汗が流れるのを感じながら、平静を取り戻そうとしていた。
 「ちょっと見てくれませんか。MTがかからないんです。」
 小田は、顔の色が変わっていくのを悟られないようにして、みっともない程、間をおいて、答えた。
 「待ってくれ。調べるから。」
 飲み残しのぬるいコーラを口へ流し込んでから、彼は、JOBのフローを探した。
 今のJOBは何か。フローを追う。あった。[取立最終通知]
 つまり、これで、裁判所の預かりになることへの承諾書のようなものだ。
あとは差し押さえが待っているのだろう。ひょっとしてこのせいで、悪夢が現実になるのだろうか。まさか。小田はどちらかといえば現実論者であった筈だ。ほんの少し前までは。
 件数を見た。それほど多くない。
 「松崎、これ、DASD(*4)にかえよう」
 「でも、件数が多いんじゃあ・・」
 「いや、大丈夫。それに馬場が、EQCがでるって言ってたからな」
 なんとか、あの悪夢を再現したくなくて、彼は別の方法を選んだ。はたして、なんの問題もなく、こんどは小田の担当する時間がきた。

 NLP(*5)の用紙の交換要求がコンソールに表示された。
 小田は、用紙コードを確認してから、NLPの紙のセットを行った。
 コマンドで印刷開始を指示した。それから彼はNLPのそばへ確認しに近寄った。
 なにか、文字以外のものが印刷されていた。
 「おかしいな」
 一度、プリントを止めて、印刷されたものを見た。さっきのトナーの交換の時、散ってしまったのかな、と、手に持っていた用紙を捨てようとして、
彼はもういちどその模様を見た。
 (こ これは・・・・)
 まるで、なんどもダビングしたビデオの画面のようではあったが、人の頭や、足がなんとか判別できた。その、ゼロコンマ数秒のちに、彼の顔色は、みるみる青ざめた。
 それは、首を吊っている男の絵にほかならなかった。

 「そりゃ、いくらかはあっただろうけど、」
 ユーザーの桑野が笑いながら言った。
 「借りる方にも悪い奴はいるんだから、一方的にこちらを責めるのはおかしいよ」
 ビールのグラスをぐっと空にした。小田は、ビンを持って、注いだ。
 「そうですか。まあ、僕も疲れてたかなあ」
 「うん、まあ、小田が少なくとも、おかしかった、とはいってないよ。
完全に根も葉もない噂ではないんだけど・・」
 「噂?」
 「ん、まあ、いい。飲もう。久し振りじゃない。」


 「ま 松崎さっさん。これ、空調の奥片づけてたら、でっ出てきたんですが、・・」
 「なに それ」
 「さっさあ、ぼぼかあ、虫の死骸じゃあないかと・・・」
 「なに言っとん。なんかカリントウかなんかのお菓子の残りやろ」
 「でっでも、これ5つくらい手形みたいにかたまって、落ちてたんです
が・・」
 「ええから、捨てときゃええよ。馬場」

ー 完 ー

*1 EQC
  テープ記憶装置の読みとりエラー。監視用コンソールにはデバイス名と共に赤文字で表示され、オペレータに警告を示す。

*2 ソルベント 
テープ記憶装置のヘッド部のクリーナ用液剤。エラーの原因はこれでクリーニングすることである程度解消する。

*3 JEFコード
某社の漢字コード。

*4 DASD
汎用機用ハードディスク。

*5 NLP
日本語用ページプリンタ
--------------------------------
※本ストーリィは架空ですが、設定その他は作者の体験に基づいています。

10年以上前の創作ストーリィ。

AIBO発売記念ではありませぬ(笑

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「ガーディアン・ドッグ」


インターネットの、ほんの小さな記事から、掲示板の話題にのぼるまで、それほど時間はかからなかった。
「番犬ロボ」。役割からいえば、そんな名前になるのだが、機能的にはさらに高度な内容を含んでいた。
ただの「愛玩」用ではなく、日頃から自己防衛せざるをえない世間の実状に応えた「用心棒」。たしかに外見的には犬そのものだが、俊敏さはフル充電状態であれば実物の犬と勝るとも劣らない性能を有していた。
一人で出歩く場合の「ボディガード」として、トレバー(商品名でもあり、通称そう呼ばれた)は飼い主を識別して、常に寄り添って歩くのだった。
見知らぬ人が「主人」に近づけばやかましく吠えるが、「主人」のもつコントローラで、それは「停止」できる。そして「停止」のサインを出さない相手であったり「出せない」相手であれば、危険レベルに応じて、最後には襲いかかることになっている。
しかも、トレバー自体の自己防衛センサーがあるので、1m以内に近づく物体や10m以上離れた場所からの動体反応には回避行動をとることができる。
トレバーの目はカメラになっていて、数日にわたってほとんど連続的に録画が可能だ。
画像圧縮技術と、テラレベルの記憶密度を持ったホログラムディスクのおかげで、犯罪となった時、動かぬ証拠を残すことができる。

彩香がトレバーのことに興味を持ったのは、発売されてかなりたった頃だった。
発売当初こそ高価だったが、その時は、ちょっとしたデジタル一眼カメラを買える値段にまで値下がりしていた。社会人3年目の彩香には、それは賞与を期待しなくても十分手に入れられる範囲内だった。
もう既に購入していた会社の友人の葉瑠菜からは、ただのペットのような感想しか得られていなかった。
「だったら、どうせなら普通の生きた犬の方がいいわ」
と彩香は思っていたのだが、ちょっと困った問題が発生して、かなり迷っていた。
なぜなら、お互いに恋人同士だと認めているはずの開発課の先輩の友樹との間はうまくいっているはずなのだが、社内の研修でお世話になった、その友樹の友人の駿から、いわゆるストーカーまがいの行為を受けつつあったのだ。
背は小さい方だったが、高校の水泳部で鍛えた体型や、整った面立ちには、街ですれ違う男性の視線が注がれがちであることに、彩香は自分でもわかっていた。
駿以外にも、彩香を意識している会社の男性は、少なくなかった。
その事実を友樹にも何度も説明したのだが、同期入社の駿のことについては、あまり真剣に心配してくれてはいないようだった。
夜中に電話を鳴らされたり、後をついてこられている記憶はあるのだが、実際は、彩香の思いこみ、ととられて当然の部分もあり、事実、何も事件らしきことは起こっていなかったのだ。
友樹への配慮もあり、我慢してきた部分も彩香にあるのだが、トレバーのことを知ってからは、どうしても漠然とした不安を拭いたい願望を強く持ちはじめていた。

販売サイトで注文してから、彩香の部屋に配達されるまでは2日ほどだった。
いままで犬は飼ったことはなかったが、予想よりも、本物の犬にはるかに近い、
と彩香は思った。大きさは生後半年の子犬ぐらい。滑らかな肌触りで、機械的な冷たさはそれほど感じられない。
商品の特性上、「インプリンティング」が必要です、と説明に書いてあったので、彩香はペット育成ソフトを使うように、同調させた携帯電話を使って、メールの文章を送って自分の好みやちょっとした秘密をペル(彩香がトレバーにつけた名前だ)に教えた。
白に、やや茶色がかった毛色のペルの顎の下にあるはずの受光部にデータが送られると、ペルは愛らしい声を出して、小さくとがった形だがふわふわした尻尾をぶんぶん振って答えていた。可愛らしさのあまり、いつか、友樹との話までしてしまって、彩香はちょっと恥ずかしくなった。

会社に初めて連れて行った時、果たしてペルが迷子にはならないか、と彩香はかなり心配した。「寄り添って歩く」というより、実際は「尾行」に近い距離だったからだ。
駅が近づくと、いつのまにか近づいてきて、彩香が抱き上げると容易に「手荷物モード」の丸まった形になり、手提げ袋に収まるのだった。だからといって機能は休止しているのではなく、スタンバイ状態を維持していた。
社内で連れ歩く訳にはいかず、会議の間はデスクの下に置きっぱなしだったが、「さ、帰ろ」と退社時刻に声をかけると、ペルは犬の形に戻って、思い切り彩香の胸に飛び込んできて、頬ずりをするのだった。「インプリンティング」の中で、音声認識をさせたおかげだ。彩香も、思わず抱きしめてしまう。
「お?君も買ったのか?と、とればぁ、だったかな」
課長の山下が後ろから声をかけた。
(イヤな人に見つかっちゃった・・)
なにかと細かく、規則にうるさい山下にもセクハラじみた言葉を使われたことがあり、彩香は早く、その場を去りたかった。
「でも、あれさぁ、キミ、あのプロジェクトの資料、誤字がけっこう多かったよねぇ」
(またか)
彩香は約束でもあるかのように携帯を出して時刻をちらっと見たが、山下には見えてか、見えずか、
「あの3ページのグラフだけでも、急いで作り直して欲しいんだよね・・・」
と少し口元をゆるめながら続けた。
ふと、ペルを見ると、目はあきらかに攻撃色を山下に向け、低く唸っているふうに見えた。
(課長に電話でもかかってくればいいのに)
と彩香は思った。そのとたん、
「課長~、セイリン工業の深田部長からお電話です・・」
と向こうから声が聞こえた。
「じゃ・・・失礼します!」
彩香はバッグを抱えて、すばやくお辞儀をしてからロッカーへ向かった。
ちらっと舌を出して、目があったペルに微笑みかけながら。

ペルとの通勤の日々は、特に変わったこともなく過ぎていった。
彩香が寝る時はペルも充電器の傍らで丸くなって眠っていたが、補助的にソーラーバッテリーも備えているので、普通の飼い犬のような世話はほとんど不要だった。
それでも、「餌をやりたい」飼い主のために専用のゴルフボール大の「ドッグフード」が市販されていて、食べたトレバーにとっては洗浄剤のような役目を果たしていた。
こちらが言うことをちゃんときくが、時折機嫌も悪くする。抱きしめる時は甘い鳴き声もたててくれる。休みの日には公園で、ちゃんとフリスビーもキャッチできる。
思わずバスルームにまで連れて入ろうとしたが、ふいに目のカメラを思い出して、それは「おあずけ」にしておいた。

そんなある日、ワンルームの部屋に帰った彩香は2日ぶりにペルの後ろ足の付け根にある端子からケーブルをモニターに繋いで、帰り道の風景を再生していた。
その日は、つい駅の地下街のショーウインドーから見えた、クリムトの絵のイメージに似たタペストリに気を惹かれ、つい店に立ち寄ったために電車を乗り越してしまったのだった。
いつも乗る電車は、比較的あの駿とかち合う可能性の低い電車であったことはわかっていたのだが、今日乗った電車ではよく駿を見かけていたので、気になっていたのだ。
家に向かうために降りた駅から、再生した。
ペルは常に前を向いているのではなく、ランダムなサイクルで四方を「監視」しているのにはいつもながら感心した。
すると・・・・・・・いた!
どこでもよく見かける背広を着た男だが、いつも着ているブラウンのシャツと細いストライプ柄のネクタイは、駿に間違いなかった。
結局、彩香のマンションの手前、かなり近くまで歩いてきていたが、そこから再生の画面の領域から外れてしまった。
逆再生して、彩香は、ペルに言った。
「この男。よく覚えておいて。危険レベルAAよ」
危険レベルAAでは、ペルは主人の意志にかかわらず、10m以内にその対象が近づくことを検知すると同時に「威嚇」行動にでる。さらに2mに近づけば、無条件に攻撃を仕掛ける。
その直後、ペルは低い唸り声をあげはじめた。そして、入り口の方に顔を向けた・・
「え?・・・・まさか・・・」
ドアホンが鳴った。3度目になって、彩香は意を決して立った。入り口に歩いて行き、ペルも続いた。
そして玄関までくると、ペルは激しく吠えた。
(そ、そうなの?まさか・・・)
壁のインターフォンの小さなプラズマ画面には、駿が映っていた。
ペルに座って少し黙るよう「命令」して、彩香はマイクに言った。
「何の用なんですか?」
「あ・・こんな遅くにごめんね。キミが犬を飼っている、ときいてさ、いいもの、持ってきたんだ・・・」
「そう・・・」
「す、すぐ帰るから。渡す物を渡せば、さ。」
「・・・・」
「実は、友樹からことづかってきたんだ」
「本当?」
すこし、彩香の気持ちが揺らいだ。ペルにかまけて、最近はデートもご無沙汰になっている。
ドアロックを用心深く解除し、(そうしたはずだったが)ゆっくりと開けるドアが、ばたん!と勢いよく内側に開かれた。
駿がまず足を入れて、手を回し入れ、ドアを押し返す彩香の手を握った。
「やめて!」
するりと体を入れた駿が、彩香の両手を握って、頭上に持ち上げた。
ペルは、・・・彩香の「命令」をきいて、唸ってはいたが、動かなかった。
「こんな番犬買いやがって・・・。俺をなんだと思ってる・・」
「何するの!帰って!さもないと・・・」
「やってみろよ!もう、遅いんだよ・・」
土足のまま、駿が彩香を部屋の奥まで引きずるようにして進んで行った。彩香は途中でなにかを向こうずねに打ち付けて、痛みをこらえた。
「これだけキミのことを想っているってのに・・・悪いのはキミの方だぜ・」
「あなた・・おかしいわ!こんなことして・・」
駿は隠し持っていたナイフを彩香の顔の前でぎらりと光らせた。
彩香のピンクのブラウスが引っ張られ、ボタンがはじけそうになる。
「あの犬が番犬だなんて、とてもそうは見えないね」
ソファに仰向けにされた彩香は、すがるようにペルを見た。座った姿勢だったペルが、瞬間にいなくなったように見えた。それと、駿が叫び声をあげるのと、ほとんど同時だった。
「いて!いってーー!ぎぇ!」
はね飛ばされるように弾んで、駿がコンポのそばでもがいていた。
ペルの頭には、いままでに見たことのない二本の角のようなものが「生えて」いて、まるで電極のようにも見えた。よく見ると、小さな火花が、放電しているようにちりちりと光っていた。

駿に、弁解の余地はなかった。しかし会社のことを考えると、彩香は警察を呼ばず、まだ足の痺れたような足取りの駿をさっさと部屋から追い出すしかなかった。
その前に、ちゃんと一部始終が録画されていることを彼に伝えて。
(ペルがすぐに助けにこなかったのは、きちんと証拠を残すためだったのね・・)
突然現れた「角」がショック銃のようなものであったこともあり、彩香はトレバーへの信頼をさらに厚くした。

たまたま、出張が重なっただけだったかもしれないが、駿とは、それからほとんど会社では顔を合わせなかった。友樹とも、昼休み以外にゆっくりする時間は少なかったが、ペルのおかげで寂しいことはなかった。

数週間が過ぎた夜、彩香の携帯が鳴った。
1年遅れて入社した、同年代の友人の葉瑠菜からだった。
「あーや、・・・どどどどど、どうしよう・・」
「何なの?ハル。」
「あのさ・・・・」
いつもは賑やかな笑い声をあげる葉瑠菜が、元気がなかった。それどころか、かなり緊張した声だった。
「大翔クン、知ってるよね」
「大翔クン・・うーんと、こないだから付き合い始めたコね」
「あのね・・・今日、ひどいこと言われたの・・」
「どんな?」
「もう、つきあいきれない・・・って・・。ハルとは」
「どーしてぇ?」
「だって・・あの南口通りのレンタルショップに、かっこいいコがいてさ、」
「ふーん・・」
「ちょ、ちょっとだけよ。ちょっと、一緒にカルム(その近くの喫茶店の名前だ)でお話してたら、それ、大翔クン、見てたって・・」
「そう・・」
「で、別れる、って。わたし、そんなのずぇーったい、イヤだからね!」
「はぁ・・」
「でさ・・」急に葉瑠菜の言葉が沈んだ。「・・えっと、その、じょーだんのつもりだったんだけど・・・」
「え?」
「・・・大翔クンを、えいっ!て・・・」
「?どうしたって?」
「持ったときはわからなかったんだけど・・・その・・」かなり言いづらい空気が彩香にも伝わってきた。「こないだ買った、ワインのボトルストッパー・・」
「ええ?どうしたって?」たしか・・・先端の尖った、金属製のボトルストッパーを見せてもらったことがある。
「・・・刺さっちゃった・・大翔クンの首に・・」葉瑠菜の声が震える。「血が・・いっぱい、いっぱい・・出てきて、どうしようかと・・・」「ちょちょっと待って・・ハル・・」彩香も、(まさか)と思った。そして出来るだけ
優しく言った。「ほんとう、なのね・・・?」
「だって・・・・大翔クンが・・(あとは泣き声でききとれない)」
しばらく黙ってきいていた彩香に、葉瑠菜が言った。
「ね・・・どうすればいいの?どうすればいい?ねぇ・・・あーや!」

彩香は、とにかく医者を早く呼んで、そこにいるよう、葉瑠菜に急いで伝えた。
(困ったわ)
とにかく、行ってやらなくてはならない。彩香は出かける準備を始めた。
あとは靴を履くだけ、という時になって、ドアホンが鳴った。インターフォンの画面には葉瑠菜が映っていた。
「開けて・・・お願い」
「ハル!」
倒れるように入ってきた葉瑠菜を支えて、彩香は彼女を中に連れていった。
「どうして・・・・そこにいるように言ったのに。」
「そんな・・・・できないわ・・そんなこと・・・怖くて・・」まだ、彼女の服の腕にあたりに赤い色が点々と染みていた。「本当は、もう、この近くに来ていたの。さっき電話したとき」
「大翔クンは・・・そのまま・・?」
「うん・・すぐに出てきちゃったから・・」葉瑠菜の目にかすかに恐怖感がみてとれた。「ねぇ・・信じて。本当に、こんなことになるとは思ってもみなかったの」
「そうだけど・・」
「実はね、その時、大翔クン、すっごく怒って部屋に入ってきたの。言うことはもっともだし、私も、うんうん、って謝ってきいてたんだけど、だんだん・・・」
「・・・・」
「でも、好きだったの。なのに、あんな言い方されて・・・」

「そこまでだな」
聞いたことのない声が響いた。
葉瑠菜のトレバーのシャンクスだった。彩香はほとんど気づかなかったが、葉瑠菜についてきていたのだ。そして、横にはペルが並んでいる。
「ハル、君はもう逃げられない」
「ええ・・・??」葉瑠菜の大きな目が一段と大きく見開かれた。「なによ~これ。シャンクス!なに言ってんのか、わからない!!」
「本当のことを教えよう。アーヤさん」シャンクスの声は、おそらく合成されたものであろうが、落ちつき払った映画の主演ヒーローの役者のように流暢に聞こえた。
「いつも嫉妬されていたハルは、計画的に大翔さんを始末したんだ。はずみで起こった事故ではない。」
「え?え?な、なに言ってるのよ~お!シャンクス!いいかげんにしなさいよ!」
葉瑠菜がシャンクスに歩み寄ったが、シャンクスはひらりと反対側へ身をかわした。
「アーヤさん、残念だが、友人のハルは、あなたに説明したような[軽率な善人]ではなく、[狡猾な愚者]だと言わざるを得ない。いくら、死体にナイフを持たせて、正当防衛を主張できる材料を準備しようとしても・・」
「黙りなさいよ!」葉瑠菜の目に涙が流れた。
「あれは[はずみ]なんてものじゃあない。すごいケンカだったよ。ちょうどそのタイミングで、あの懇意にしていたレンタルショップの店員に応援に来るように連絡していたのだから。」
「やめてよ・・・もう・・やめて・・」葉瑠菜はその場に座り込んだ。
「でも、ここに逃げ込んでくれて、助かった。これで、取り逃がすことはない。」
「そんな・・・でも、あくまで感情的になっただけなんじゃないの?」彩香が葉瑠菜をかばうようにして尋ねた。
「あらかじめ周到に用意された凶器で、無防備な人間を傷つけることを、そう呼べるのかね?」シャンクスは抑揚はあまりないが、はっきりした口調で答えた。
葉瑠菜は立ち上がり、ドアへ走った。その瞬間、ペルがその前に回り込み、彩香も見たことのないような目の輝きと唸り声で葉瑠菜の足を止めた。
「もう、遅いんだ。通報は30分前に完了している。あとは、身柄確保を待つだけなんだよ」
こみ上げてきたものを我慢しきれずに、葉瑠菜が大きな声で泣いた。
「でも・・シャンクス・・・あなた、ハルの番犬・・でしょ?」事情はどうあれ、彩香は友人の葉瑠菜の気持ちを裏切れず、強い言い方でシャンクスを見つめた。
「なんで、主人の身を守ろうとしないの?なんで、ハルのために助けてあげられないの?」
「その質問には、私が答えよう」ペルが口を開いた。シャンクスと似た声だが、やや低い声だった。「我々、トレバーがなぜ主人のために尽くすのか。いや、我々は、主人のみならず、この社会のために尽くすべく、作られたんだ。」
葉瑠菜は、もう逃げることも考えられず、うつろな目線でドアを見やっていた。
ペルは続けた。
「考えてもみたまえ。彩香さんを守ることは、世の中のあらゆるリスクを取り去ることにも通ずる。それは、彩香さんのみならず、すべての人間の願いだ。犯罪をなくし、それなりの適切な[処置]を講じることが、セキュリティという言葉の本当の意味でもある。我々トレバーが携帯通信にも介入してネットワーク化することで、その目的にかなりたどり着けるようになったと言っても過言ではない。」
「つまり・・」半信半疑で、彩香が答えた。「あなたたちは、[警備]という名目で、私たちを見張っている、と。そういいたいの?」
「そういう言い方も間違いではない。」ペルは変わらぬ口調で間髪をいれずに答えた。
「それでも、彩香さんをはじめ、[普通]の生活を送っている、または送りたいと願う人々は我々をどう思っているのだろう。少なくとも、ある程度は期待され、信頼され、[番犬]として十分な働きをしているつもりだよ。」
「でも・・・そんな・・・」彩香は返答に詰まった。かすかに聞こえてきたポリスの警報音が、いきなり大きくなってきた。
「そろそろ、だな。」ペルは葉瑠菜の顔が一瞬くぐもったのも構わないように言った。
「そうそう、言い忘れていたが、彩香さん。」ペルが、少し笑ったように彩香には見えた。「こないだの駿さんの事件、あったろう?あれを教唆したのは友樹さんらしい。ようやく、友樹さんもトレバーを買ったらしく、シッポを掴むことができた。残念な言い方だが、彩香さん以外に好きな人ができたらしい。」
「!・・そんな・・・ウソよ!」彩香が叫んだが、ドアの外のざわめきとダブって、際立った響きにはならなかった。
「それでは、私を捨てるかね?それとも、いままでのように[番犬]として扱ってもらえるかね・・・?」



    <完>

[あとがき]
あまり、血なまぐさい話は好きではないのですが、成り行きで・・。
自分の安全を得ることはリスクを排除するとともに、自分が拘束されることでもある。
世間が鷹揚であることを願いつつ、厳格であることを願う。
今の、企業の悪事や違法を断罪する傾向を見ると、皆さんはトレバーを支持するよう
にも思えるが、自分のこととなると別なんでしょうね。

実は、このネタにはもう一つ「ほのぼの版」も考えていました。
でも公開できるのはいつの日か・・・。






第2回プラチナブロガーコンテスト



もう10年以上前にかいたストーリィ。

自分で書いて、なんか泣ける。

実は、実話に基づいて拡大したおはなし。

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「ダブル・シェイド」





「ねぇ、タニやんのこと、知ってる?」
初夏の月曜の朝。会社の始業の時間まではまだ余裕がある。
重本美南海が、声をかけてきた。
月泉沙瑛は、ただでさえけだるい月曜の朝なのに、なによ、という表情を伏せていたデスクから持ち上げて美南海の方を見た。ご機嫌斜めではあるが、肩より下まである美しい髪がはらはらと流れ、彫りの深い日本人ばなれした秀麗な顔立ちが現れた
「まだ、知らないの・・・?」
「・・・なにを?」
タニやん、とは階下のフロアにいる同期入社の男性社員だ。
「昨日、・・・死んだんだって・・」
「え・・・・・・・・・・ええーー!?」

フロアの朝礼が始まった。
お決まりの連絡のあと、今日の朝礼当番の橋本が少しの沈黙のあと、ゆっくりと切り出した。
「みなさんの中では、もうご存じの方もおられるかと思われますが、昨日の日曜の午後、営業2課の谷川君が事故で亡くなりました。」
そのあとは、葬儀のこと、列席する社員のこと、香典のことなどが淡々と説明された。死因については、事故だ、というだけで詳しくは語られなかった。
でも、そのあと、仕事の合間を見つけたり、給湯室でお茶を入れるついでに、沙瑛は美南海や他の女子社員から、すこしずつ彼の事故のことを伝えきいていた。
タニやんこと谷川弘翔は、海で、足を滑らせて、頭を打って死んでしまったのだ。友人達と海にキャンプにきて、昼間だというのにかなり酒に酔っていたという。なぜ、そんなになるまで酔っていたのか、沙瑛には、他の人には知り得ない、その理由がわかってしまっていた。
なぜなら・・・

ほぼ1年前の、こんな時期、沙瑛は同じセクションの人間が集まっての飲み会に参加していた。
上司と同僚と同席とはいえ、年齢的にも近い仲間で、いつも盛り上がるこんな飲み会は二ヶ月に1回程度開かれ、沙瑛もいつも楽しみにしていた。
その時は、飲み放題食べ放題だったが、どちらかといえば料理が主体の店だった。向こうのテーブルの大きな笑い声のきっかけを目で追いながら、沙瑛はベーコンを使ってはいたが和風の味付けの炒めものの皿の料理を小皿に運んでいた。
「よお」
横から、男性の声がした。褐色の飲み物のグラスを持った「タニやん」だった。
同期に入社したが、沙瑛とは違い、転職3回目のタニやんは年齢も彼女よりも6つほど上で、見た目はさらに年齢差があるように見えた。
酔うと、にぎやかにはなるが、少々だらしない所作になる彼に、沙瑛はあまりいい印象は持っていなかった。仕事にしても、彼のもつ雰囲気はいいのだが、細かい点に気を配れない点を、上司が時々注意しているのをみかけたことがある。その日も、すこしゆらゆらしている顔の彼を見て、沙瑛の目は少しきつくなった。
「なに?」
「あ、いや、その、なんだな・・・」
沙瑛は、彼を無視するように、いきなり聞こえた向こうの仲間の嬌声に顔を向けた。
「今度、さ、青見浜まで、一緒にいかない?」
青見浜、とは、最近できた遊園地のような施設のある場所だ。その響きには、沙瑛も思わず興味を示した。再び視線をタニやんに戻した。
「そうね・・・行きたかったのよ。いつ?」
実は、沙瑛が興味を持ったのは、その遊園地ではなく、その少し前にすぐ近くにオープンしていたクラシック・カーのミュージアムだった。スターリング・モスやケケ・ロズベルグが乗っていたマシンのレプリカだとかどうとか言っても、あまり共感を得られる同僚はいなかった。
だから、いままで何度か別の友人達からは遊園地などに誘われて同行していた沙瑛ではあったが、それほど満足感は得られないでいたのだ。しかし、タニやんは、遊園地に添えてそのミュージアムを意識して誘ってくれていた。
タニやんは次の金曜の日付を伝えた。土曜に固定することなく、ある程度自由に設定できる休日を、沙瑛たちの会社では選ぶことができた。それが彼の設定した休日であり、沙瑛も、その日を休みにしていた。
「大丈夫ね、その日なら。・・・でも、タニやんと二人だけなの?」
「いや・・」タニやんは首を少し大袈裟に横に振った。「青木も行きたい、と言ってたから、連れていくよ」
「そう・・・それなら、付き合うわ。」
待ち合わせの時間や場所を短く話したあと、タニやんはその間に飲み干してしまったグラスを歩いてきた店員に見せて、おかわりを注文した。
「月泉さんも、どうだい?飲めるの?」
「いえ、わたしはけっこう。ごめんね、あっちに行くわ」
彼を一人残して沙瑛は席を移動した。

その日の待ち合わせは青見浜の駐車場だった。
目印の彫像の前に沙瑛が近づくと、すでにそこに立つタニやんがいた。
「こんにちわ」
「うん。こんちわ」
「青木クンは・・まだなの?」
「それがさ・・」彼らの会社ではよくあることで、青木も休みではあったが、携帯で呼出されて出社しているという。
「・・・・どうする?」
「う~ん、まあ、いいわ。ここまできて、帰るのは面倒だし。」
仕事でも彼の人当たりの良さは、誰もが感じていることだった。別に、いまさら男性と二人でいることにそれほどの抵抗はなかったし、休日には1時間待ちもあるというアトラクションもほとんどストレスなく楽しめるような客の数だったし、久しぶりの休日と、青く澄んだ空が、彼女の小さなこだわりを払拭してくれるようだった。

多弁ではないが、時々思わぬ冴えた意見を口にだすタニやんからのドライブや映画の申し出を、短いサイクルではないが沙瑛はそれから何度も受け入れた。偶然なのか、二人でいるところを会社の友人達に見られたことはなかった。
彼が好き、というわけでもないが、彼の大型のオフローダーの助手席に深く座って、横に一緒にいるのは心地よかった。
あの出来事が起こる前までは・・

ある雨の日曜日。
沙瑛は偶然、会社の前の道を車で通りかかった。
社員の駐車場に、タニやんの車が止めてあるのが見えた。
(なんで、日曜日に、置いてるのかしら。昨日、飲み会だったのでそのまま帰ったのかな?
いや、たしか、そんなこと聞いてなかったと思うけど)
そういえば、美南海に借りたDVDを会社から持って帰るのを忘れていたわ、と思って、沙瑛は事務所に立ち寄ることにした。
最低限の照明だけしか点いていないフロアにそっと入り、沙瑛は自分のデスクからDVDを取り出した。さらに奥に、タニやんのデスクがある。静かに、そちらへ歩いていった。PCの前にタニやんがいた。突然、ぎょっとした表情になった。それから、いつもの柔らかい表情で「よぉ」と沙瑛に声をかけた。
「・・・なに・・・してんの?」
「あー・・・いや、調べるものがあったので。急に、思い出したんだ」
「ふーん・・最近じゃ珍しいね。日曜に出社なんて」
「・・・沙瑛こそ、どーしたの?」
「うん、ちょっとね」
なんとなく、タニやんのデスクの周りに書類が乱雑に置かれているのを見て、沙瑛はいつもとは違う不安なものを感じた。
それは、翌日に現実となった。

タニやんが仕事で顧客から預かった大事なデータを、誤って紛失した、というニュースが会社に広まった。
無くしてしまった事実もそうだが、それを1週間報告しなかった、その間も虚偽の回答をしていた、という点で、彼は厳しく責められていた。
沙瑛が声をかける余裕もないほど、タニやんは報告書の作成や電話の応対や上司との打ち合せで、数日間多忙を極めていた。
タニやんはそれまでも会社からあまりいい評価は受けておらず、保身のための弱さが引き起こしたトラブルだ、と同情する社員もいたが、沙瑛は違った。
女性とはいえ、頭の切れの良さで、他の先輩社員を追い越しそうな実績をあげていた沙瑛には、タニやんのような仕事のやり方は許せなかった。自分に甘えることは、最も避けるべきことだと信じていた。
彼の人間的な要素は否定できなかったが、仕事人としての彼には、意識せずとも、冷たい視線を投げざるを得なかった。

それ以来、当然ながら、彼から会うことについて連絡はなかったし、沙瑛もまたそれを望んではいなかった。タニやんは沙瑛とは別のフロアの部署に異動となり、エレベーターでばったり会うか、たまに電話の取り次ぎで言葉をかわすだけとなった。

沙瑛は、実は、タニやんが死んだ日に、出会っていた。
その前日に、仲間と海でバーベキューパーティをするから、一緒に行こう、と誘われて。
あの紛失事件のあと、タニやんは以前よりは仕事に前向きに取り組む姿勢を見せているようだし、元気になったみたいだよ、と社員からきいたこともあり、沙瑛には敢えて断る理由も見つからなかった。
朝の遅い時間に車で沙瑛を迎えにきてくれたタニやんは以前とさほど変わらなかったが、自分を見つめる目に、少し熱いものを沙瑛は感じていた。
いつもより言葉数の多い彼に、沙瑛は、いままで会えなかったもどかしさを彼が強く感じ続けていたような気がした。そして、なんらかの答えを求めているようにも・・
普通の海水浴場の奥にあるキャンプ場に集合していたのは、沙瑛にとってはまったく知らない人ばかりだった。それでも、タニやんはほとんどみんなと顔見知りらしく、息のあった冗談ではしゃいでいた。焼けた肉や野菜を口に運びながら、タニやんは酔って、上機嫌だった。
そして、いつしか、沙瑛の横にきて、やたらと体を密着してくるのを、沙瑛は嫌悪感を我慢しながら出来るだけ無視しようとしていた。
しかし、彼が右手で沙瑛の肩を抱く段階になって、沙瑛は勢いよく手を振り払った。
「わたし、帰ります。ごめんね」
体裁上、気分がすぐれない、ということで、仲間の女性の車で一番近い駅まで送ってもらった。

(きっと、あのあとよね・・・)
かつての恋人を失った悲しみ、というほどではないが、それでも沙瑛の気分は複雑だった。
自業自得な面はあるとはいえ、彼はあのトラブルの時は相当まいっていたはず。沙瑛にも好意を感じていたのだろう。青見浜の最初のデートも、彼が周到に計画したものだったと思える。
酩酊状態の、今際の彼によぎったのは、沙瑛の姿だったのかもしれない。なのに、沙瑛には何もできなかった。何もしてあげようと思わなかった。

退社後の電車の中。いきなりのメール着信の音で、沙瑛は携帯の画面を開いた。かつては、大量の受信メールのタイトルに混じって、タニやんからの受信メールは、スクロールしても常に半分くらいの領域を占めていたはずだ。最近はほとんどこなくなったメールも、必ず一度は目を通していたのだが、再度かみしめるようにタニやんのメールをゆっくり開いていった。
最後の方に沙瑛の体調を気遣う言葉と共に「昨日、映画を見ました。なかなかよかったよ」という短い文章と、その映画のタイトルが残されていた。ちょっと沙瑛と気まずくなった時に彼がよく送るメールのパターンであることは知っていた。しかし着信時刻は、あの日、沙瑛が帰ったあとしばらくたった時刻を示していた。
沙瑛は、駅からの帰路の途中にあるレンタルショップで、その映画を借りてみることにした。

少しネガティブな主人公が、それでも最後には「威風堂々」とハッピーエンドを迎える、そんな話だった。そのあと彼女はいつものように、
「時々立ち寄る映画の感想のHP」(※1)でストーリィや中身をもう一度かみしめてみるのだった。

あの主人公のように、タニやんはどこかで生きていればいいのに。
いままで抱いたこともなかった彼への愛おしさが、吹きあがるように沙瑛の首筋から頭に昇ってくるようだった。ゆっくりと、頬を濡らすような涙を、しばらくの間、彼女は拭わなかった。

告別式には会社の代表として上司が出席したため、沙瑛はそれから1週間ほどして、会社の友人と共に,焼香にタニやんの実家を訪れた。
祭壇の前で合掌すると、やはり涙がこぼれて、うなだれた沙瑛の膝にぽたぽたと落ちた。


タニやんが他界してから半月ほど経った頃の休日のある朝、沙瑛の携帯の着信のメロディが流れたような気がした。そのとたん、徹夜明けで眠い目をこすりながら取り上げた沙瑛の頭の霞が一気に晴れたようだった。
発信者の名前は・・・「タニやん」の名前をはっきりと表示していた。



どう対処してよいかわからないでいるうちに、呼び出し音は切れた。そういえば、電話帳からタニやんの情報は消さないままにしておいた。どうせ、もう使うこともないのに、なぜかきっぱりと消去する機会を失っていたのだ。
ほんの数秒のちに、再びコールが繰り返した。今度は、沙瑛は迷いながらのろのろと携帯をつかむと、おそるおそる通話ボタンを押した。相手が話しかけた。
「あのー・・」声は、タニやんではない。当然のことだが。そして、沙瑛が聞いた記憶もなかった。「月泉さん・・・ですよね?」
「ええ・・・あの・・・・どなたですか?」警戒心を露骨に出しながら、沙瑛は答えた。
「えっと、・・・一番早く安心してもらえるようにしますね。ボクは、タニやんの友人です。
柳沢といいます。」
「!・・え・・」
それから、柳沢から、長い説明が続いた。
あのタニやんの死んだ日、沙瑛は気付かなかったが、あのキャンプ場にも柳沢は同席していたという。タニやんの前の会社の頃からの友人であった彼は、タニやんが沙瑛とつき合っている(と、少なくともタニやんは思っていた)ことも知っていたし、あの日以来、ずっと沙瑛のことが気にかかっていたという。それは好意という意味ではなく、友人の早すぎる無念な死をそれ以上悲しいものにしたくなかったからだそうだ。
話の途中で、柳沢は、電話では何だから、今日の昼にどこかでメシでも食わないか、と切り出した。
「実は、あなたに見せたいものもある」
沙瑛は二つ返事でOKすると、みんな自分勝手な方向を目指しているような髪を慌ててなでつけた。

昼食というのは少し遅い午後、コンクリートの柱に囲まれてはいるが、1枚の面積の大きいガラスが多く使われているイタリアンレストランで沙瑛は柳沢と会った。柳沢は、目印のデクラの赤いキャップを、かぶらないでテーブルに置いて待っていた。
柳沢はタニやんとはほぼ同年代だそうだったが、タニやんよりはずっと若く見えた。
どこかの化学メーカーの開発担当員だという彼はもの静かで、穏和な顔をみせてくれた。普通の顔立ちなのに、笑うと、仰向けになって気分よく腹部をさすってもらっている猫のような顔だ。
気安く沙瑛に話しかけていたが、それは初対面の彼女にとっても全然苦ではなかった。
タニやんの前の会社の話にはじまり、彼らが遊びに行ったときの事件を交えて、ひたすら愉快な話に、沙瑛は口に含んだパスタを吹き出さないように注意して聞いていなくてはならなかった。
そして、沙瑛と出会ってからのタニやんからの気持ちに至っては、神妙に耳を傾けていた。
「そうそう、これだよ」
柳沢が、タニやんが持っていた、と説明した小さなヌイグルミのキーホルダーは、灰色のタヌキのようなアニメのキャラだったが、沙瑛の大好きなキャラだった。
「これ、キミが好きなんだ、とタニやんはいつも話してたんだ。渡してあげようと思って。」
その他にも、沙瑛が気づかないうちに、多くのことにタニやんは気づいていて、彼女を見つめていたことが手にとるようにわかってきた。頭痛に見舞われることの多い彼女のために、実際には使うことはなかったが、ロキソニンをいつもデスクに忍ばせていたとか、ドーナツを選ぶくらいなら、彼女はプレーンなスコーンを自分で作ってみるほどの好物だったとか、他にも沙瑛の多くのことをタニやんは知っていて、それを柳沢にも伝えていたようだった。
沙瑛は少し恥ずかしい気分にもなったが、まるで、そこにタニやんがまだ生きているかのような錯覚を覚えずにはいられなかった。
「それと、大切なことなんだけど」柳沢が急に暗い顔をした。「彼は死んだのは、キミとのことは関係ないんだ。きっとね」
あの日、むしろ沙瑛が久しぶりにつきあってくれたことで、タニやんはご機嫌だった。沙瑛が急に帰ったことも、それほど気にしてはいなかったそうだ。岩場で釣りをしているところを見にいく途中での偶然の事故だ、と柳沢は淡々と説明した。
沙瑛は、食事のあとのアイス・カフェラテの入っていたグラスを手にもち、ゆっくりと無言で残った氷を回していた。

それから一ヶ月ほどして、彼のデータ紛失事件は、顧客側にも非があったことが判明した。ミスをすぐに報告しなかったことも、顧客からすれば都合のよい面もあったようだ。それでどうなるものでもないが、沙瑛の、胸のつかえはちょっと晴れたようだった。
あれから、不定期だが沙瑛は柳沢と会う機会が増えていた。タニやんの友人ということで、話題も共通点が多かった。柳沢も、そういう友人としてつきあってくれているようで、それほど踏み込んだ話もしなかった。それが、沙瑛にとってはやや物足りない気分になっていた頃だ。

夢の中で見た会社のデスクで、沙瑛は横のデスクにタニやんが座っていることに気付いた。
それは不自然なことでも、もちろん畏怖することでもなく、元々そこにあるべき姿のように思えた。
(よぉ)
タニやんは何も喋らなかった。
ただ、そう言ったように見えただけだった。生前に、沙瑛が感じていた親しさよりも、むしろ深い感情で接していられるのが沙瑛にはわかった。
死んでしまった悔恨の気持ちよりも、柳沢を通じて彼のことを愛おしく思える気持ちを、ずっとそのまま持ち続けたいと願っていた。

黄昏時の海辺の公園で、沙瑛は柳沢の横にいた。
「そういえば」沙瑛がやっと思い出したように口を開いた。「初めて電話してきた時、なんでタニやんの携帯を使っていたの?」
柳沢は不思議そうな顔をした。
「え?あいつの携帯は、あの時海に落ちてしまっていたんだよ。」
「そうなの?じゃ、なぜ・・・」
「ふふ・・」柳沢はいつものように笑い顔になった。
「あれは、ちょっとした遊びかな。ボクの携帯のソフトウエアを書き換えて、・・おっと、これは内緒の話だが・・。キミに警戒されて話ができなかったら、いけないからね」
「そうだったの・・そんなこと、できるんだ・・」
心の中では、柳沢があの時以来どんどんタニやんとだぶって映っているのが沙瑛にはよくわかった。
それは死んだタニやんにとって望ましいことなのだろうかと思った。
海上をウェイクボードが通りすぎようとしていて、柳沢がそれを目で追っていた。

(もう、これ以上言わない。二度と言わない。でも、タニやんが好きだったわ。今も・・。彼があなたの代わりという見方は、しないでいてね。それよりも、あなたが最後にくれた、何にもかえがたい贈り物なの・・よね。間違ってないよね)
背中を向けている柳沢に近寄り、沙瑛は少し汗の匂いのするシャツに、とん、と額をつけた。
そして両手を、柳沢の両手にまわして、少し下に引っ張るようにして、しがみつくようにじっとしていた。まるで、彼がどこかへ飛んでゆくのを止めるかのように。少し涙ぐんだ声で沙瑛がつぶやいた。
「ごめんね、タニやんと重ね合わせて。でももう、あなたを失いたくないの」
夕日は、もう、海に沈んでいたが、沙瑛の目の奥には柳沢のシルエットと共にあの日のタニやんの姿が照合された写真のようにしっかりと焼き付いていた。


(おわり)

※1・・以下のようなサイト内容


マジェスティック[2003.04.19]


アデル「I Really Did Have You Two Confused」(二人を混同してたわ・・)

アカ狩りに遭いそうになった映画の脚本家ピーター・アップルトンは、面倒なことに巻き込まれたくないために、結果としては逃避することになった。川に車ごと落ちる事故で流れついた先は若者の多くを戦争で失ったローソンの町。元映画館主の、戦死した息子に似ているということと、ピーター自らが一時的に記憶を失っていたため、息子のルークに勘違いされてゆく話。途中「そんなん、人違いやん。気付けよ」と思いながら観ていました
が、実は町の人は「ルークが帰ってきた!」と喜びながら、すぐに人違いとはわかっていた事実。それでも、あたかも信仰のように、戦場の英雄として死んでいったルークの帰還を信じることで活気を取り戻す町。
しかし夢はいつか覚めてしまう日がきて、ピーターは打って変わってあきれた表情の町の人々の視線を浴びせかけられながらFBIに連れられ、聴聞会へ引っぱり出される。

冒頭のセリフは、その直前の、ルークの婚約者だった(そしてピーターとも愛し合っていた)アデルとの会話シーンから。
勘違いされているとは思いながら、ルークになりきるピーター。ルークの父親が病死する今際に、本当の息子である、と自ら感じるピーター。しかし、いざ現実に戻ると、そこには意気地なしな自分がいて、それまで演じていたルークとは到底埋めることのない差異がある。
それを、アデルからぐさりとつきつけられたセリフです。

聴聞会では、声明文をそのまま読めば無罪放免となるはずなのに、いままで自分をルークと思ってくれていた町の人(特に、戦争で右手を失った若いコック。彼がいい味を出していた)
のことを思うと、「自分がルークだったら。こんな狭量な国のために死んでいったルークを愛していたローソンの町の人を辱めないためには」と切り出す、自由な国への主張は、けっこう感動的でしたっけ。その時初めて、ピーターは町の人からルークだと認めてもらえたはず。

なんだか、期待したほどスマートな話でなくて、ラストの方のシーンはいいかげんに観ていて、最初の印象は悪かったし、アデルの役者がどーしても好きになれなくて。(八代亜紀の若い頃みたい)しかし、聴聞会のシーンをもう一度観たら、そんなことはないことがわかりました。
マジェスティック(威風堂々)というタイトルも納得できました。

でも、劇場で観るほどではないなぁ・・



[あとがき]

人は、死んだ時、命を失う代わりに、残された人々から、生前にはとても受けられなかった恩寵のようなものを得られるように思います。
むしろ、うっかり蘇生しない方がいいかのように・・
死人に口なし。さらにいえば、死人に悪口なし・・
思うように行かない生活を目の当たりにして、そんな安寧を願う瞬間を隠すことに逡巡するのはなぜなんでしょうね。(苦笑)





第2回プラチナブロガーコンテスト