「選ビン」の思い出

大学に入ってから、原付バイク(CB50)は手に入れたが、免許も取ったのでクルマも欲しい。
たしか2年の夏、中古の車を買うために、夏休みにバイトを探しました。

思えば、時給は高め。(当時で900円くらい?)
その意味もよく理解できず、応募+採用。

明治屋、といえば当時は有名企業だったが、仕事内容は、酒屋の卸。

注文があれば、社員の運転する4tトラックの助手席に乗り、香川の田舎の酒屋に赴く。
注文の品をおろす。
もちろん、酒類。
この当時は缶ビールではなく瓶ビールが主流。
20本入りのプラケースを何十箱もおろす。
そして、酒屋が回収した空き瓶のケースをトラックに載せる。
田舎の酒屋の倉庫は狭く暗く、キタナイ。そしてトラックから遠い。
汗はハンパない。
夕方には「オマエ、雑巾を肩にかけてるの?」と、社員に言われる始末。
タオルなのにね。よほど真っ黒だったのだろう。

一緒に採用された同じサークルの玉野市出身のMは、1週間くらいで「こんなの、やってられねーーよ!」みたいにリタイア。

酒屋に行くときは、まだ、それでも車内の移動時間があったからマシだったかもしれない。
それ以外に、隙間の時間があると、それを埋める作業で「選ビンやってこい」とよく言われました。

会社の敷地の中には炎天下の広場にビールの空き瓶がケースに入れて大量に置かれており、この頃のメジャーだった「キリン」だけは、空き瓶を一つのケースにまとめておくのが通例。
その他、アサヒやサントリーなどはマイナーなので、混ざっていてもかまわない。
20本入りのケースに、バラバラのメーカのビンを詰め替えるには、影のない夏の昼間の戸外では重労働。
ビンの中には、ワケのわからない異臭のする液体も入っており、うんざりする。

たしか、昼食も会社の食堂でタダかもしくは格安の値段で食べられたし、昼はここのバイト、夜はサークルの活動費調達のためにJR連絡船を使った納涼船のバイトにも行き、ある意味充実した日々でした。

たしか8万円ほどのバイト料を獲得し、市内をバイクで走っていて、余所見して、タクシーにぶつかってバンパーを5万ほど弁償させられた(それでも安い)ので、マイカーの夢は潰えかけたのですが、格安(13万くらい?)のレビンを父親の援助で買えたので、いちおうの目的は果たせたのでした・・(^^;

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暑い夏がくる度に、思い出すあの苦しい日々。


by pmrider | 2017-07-20 22:49 | ぶつぶつ | Comments(0)