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ページャー・ジゴロ

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20年以上前の作品かなぁ~

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「ページャー・ジゴロ」



「来た,な」
蓮井将太はPCから聞こえたノックの音に気づいた。
直接相手と会話できるページャのシステムでは、チャット可能なIDがウインドウの一覧に表示される。将太のそれには,びっしりとIDが並んでいた。もう夜の1時をまわっている。
どのIDがオンラインになったか確認する前に、通知用の澄んだWAV音と共に、速やかに相手から送信メッセージが発行された。
「こんばんは。お元気?」
今日はこれでCRTに映っているのは4つめとなる送受信のウインドウを開き、将太は相手とチャットを開始した。
他の3人にも同様に送受信のウインドウがあり、それらを切り替えながら彼はひたすらタイピングを続けていた。
こういう生活が、もう半年続いている。
相手は、必ず女性だった。掲示板への書き込みや、彼のHPの内容に惹かれて、まったく他人の人々が彼のページャIDを登録してくるのだった。そのためには、いろいろと興味をひく内容を準備しなくてはならなかったが、なんとなくそのコツが彼にはわかっていた。1回でも呼びかけてくれれば、あとは会話を続けられるだけのボキャボラリと話題の豊富さと相手の自尊心をくすぐる「話術」を彼は持っていた。当然、そのためにはあらゆる雑誌や新聞に毎日一通り目を通す努力と頭の回転の早さも必要だったが。もちろん、20代後半の彼は、一般的に好ましく思われるだけのルックスも備えていた。
その甲斐もあって、よっぽどの遠距離の人でない限り、彼が直接会う機会を提案することにNOという女性はいなかった。そこで食事に誘うなり、いい仲になるなり、ある程度好意が彼にとってプラスとなった段階で、彼は「ゲームの終わり」と考えて別のターゲットに移るのだった。
相手が知っているのは、彼のIDだけ。携帯の番号は教えても、拒否応答機能で、二度と連絡をとれなくすることも簡単だ。それ以降、ページャでいくらしつこくメッセージを送信してきても、無視し続ければ向こうは諦めざるを得ないシステム。
その一見卑劣なやり方に対する自己嫌悪感も、将太にとってはかなり薄いものだった。
なぜなら・・・・

彼にも苦い経験があった。かつて、ページャを通じて心から愛した女性は、結局その世界の中での関係しか望んでいなかった。毎日長い時間のチャットを通じて、お互い、気持は手に取るようにわかった時期もあった。しかし現実問題としてはどうしても踏み切ることができなかった。それが特殊なケースだったとしても、彼には容易にその傷を治癒することはできなかった。
そうなってしまってから、その世界で自分が楽しむことに、彼が躊躇する理由はなかった。

一通りの会話を済ませたあと、彼はステイタスを変更し、「ただいま多忙」としておいた。そしてメールとネットニュースを閲覧したあと、再びステイタスを戻すと、未練がましい相手からのメッセージが表示された。
それをいちおう眺めながら消していくうち、彼はあるIDに気がついた。
相手の中でも、別の県の支店にいるかつての同僚の女性もいて、今の彼の「ゲーム」とは離れた存在であったはずだ。その彼女(ー新谷和美ー)は連絡も少なくなり、今は自然消滅的に途絶えていた。
しかし、今、和美から、「また会って欲しい」というメッセージが書き連ねてあったのだ。彼女のさっぱりした性格を考えると、とても本人のものとは思えなかった。
「おかしいなぁ」
翌日、彼女の勤務先に電話を繋いだ。既に育児休暇にはいった,ときき,彼女の自宅の番号を教えてもらってコールした。彼女からは、今は子育てでPCをいじる余裕はないし、当分その予定はない、と手短かに説明された。
それでも、ページャのIDは抹消していないので、またいつか再開したい、とも言われた。
家で、もう一度メモしておいたIDを眺めた。でも、念入りな確認は不要だった。しばらくして繋いだページャでは,またも同じようなメッセージでそのIDで送信されてきたのだから。
「会ってくれなければ、私は死にます」
彼にとってはこれも彼女らの常套句ととらえていたのだが、今回は気になった。和美に危険があっても困る。彼女のIDを悪用しているとしたら、なんとかその人物をつきとめなくてはならないと思った。
オンラインなのを確かめて、彼は和美<のIDの女性>とチャットを開始した。
syou:こんばんは
kazu103:あ・・・こんばんは。うれしい・・
syou:なにが?嬉しいって?
kazu103:だって・・答えてくれないと思っていたから
syou:ごめんよ。忙しかったんでね。で、この前はいつ話したっけ?
kazu103:ずっと前・・私達が知り合う前・・・
syou:ええ?
kazu103:忘れたの?
syou:ごめん。よかったら教えて欲しい。
(まいったな、マトモじゃないのかな)と将太は当惑していた。応答はかなり遅れて返ってきた。
kazu103:新谷和美さん、っていたわね。
うっと将太は唾を飲んだ。
syou:なんで・・・・なんで、キミは知っているんだ?
kazu103:なぜでしょうv(^o^)v
syou:キミは本当は和美なんだろ?
kazu103:そんなワケ、ないじゃない。やっと使えるようにしたのよ。このID。あなたにちゃんと話ができるように。
syou:ふざけるなよ。ならば、キミのやってることは犯罪だぜ。
kazu103:じゃ、あなたのやってることは許されるの?新谷和美の友達のma_saを覚えてないの?
「そ、それは・・・」と打とうとして指が止まった。ma_saは広田恵という女性のIDであり、彼が捨てた女性の一人だ。和美の知り合いだ、というのに。
kazu103:ふざけてるのは、あなた。見てなさい。
チャットはそれで途切れた。
偶然と呼ぶにはあまりに危険な事実だ。それでも、彼にはまだ,それは謎の女性の虚勢としか思えなかった。

翌日の朝、出勤して彼が自分のデスクのPCでネットのニュースに目を走らせていた時。
一般記事で、「・・変死」の見出しが見えた。内容を読んで、将太は椅子から落ちそうになった。誰も住んでいないアパートの一室で、若い女性が変死。被害者の名前は、まさしく広田恵だった。
文字ベースで淡々と綴られた文章は、それでも十分彼にショックだった。
仕事がたまたま多忙でなかったせいもあって、彼はいろんな可能性について思いをめぐらすのだが、どうしても回答はでなかった。
これは偶然だ、とかぶりを振っても、すぐにその思惑はかき消されてしまう。

その夜も、ページャでは例の女性があがってきていた。
kazu103:どう?ご気分は?元気?
syou:そんなワケないだろ。
kazu103:それはご愁傷様
syou:ふざけるな
kazu103:それは私達のセリフなの。記憶力悪いのね。
syou:だまれ
kazu103:今度はあの子ね
syou:あの子?
kazu103:hitomi88
hitomi88は一ヶ月ほど前に「切った」相手だ。2度ほど、彼女の部屋に泊まったことがある。
kazu103:IDはね、ちょちょっと調べれば、わかったの。パスワードもね。
syou:ハッキングしてんのか?
kazu103:失礼ねー。これは「仇討ち」よ。月にかわって、オシオキかもね(笑)
syou:この・・・・人殺し野郎。
kazu103:そういうアンタは、なんなのよー。わかってんの?
syou:ボクは人を殺したりしない。
kazu103:わかってないねー。もちょっと賢くなりなさい。
女性とのチャットは切れた。
いきなり,受信を示すWAV音が、hitomi88からのメッセージを伝えた。
「これ以上、耐えられない」

翌日。見るつもりはなかったが、彼はネットのニュースのページを開いた。そして、再び「その」記事を見つけてしまった。hitomi88の本当の名前が、自殺記事の中に埋め込まれていた。

その日は、ページャに繋ぐ勇気はなく、将太はベッドにもぐり込んでいた。
それでも目は冴えてしまうのだった。いつものように、毎日一度は繋いできた習慣から、彼は知らず知らずに真っ暗な部屋を歩いて、PCの電源を入れた。
あの女性がノックの音を鳴らした。
kazu103:おはろー
拒否するでもないく、打ち返すでもなく、将太は眺めていた。
kazu103:起きてるのー
kazu103:ねえねえ、見た?
kazu103:今度はねぇ・・・
将太の指が稲妻のようにキーボードの上を動いた。
syou:おい!おまえ!・・・
kazu103:なによー。
syou:・・・どうすればいいんだ。あの子らに手を出さないようにするには。
kazu103:
syou:教えてくれ。
kazu103:悔い改めるっての?
syou:そうだ。
kazu103:本当?
syou:本当だ。
kazu103:うそだろーなー
syou:ちがう。
kazu103:どうやって証明するの?
syou:どうやってって・・・・・
kazu103:たとえば。
しばらく間があいた。
kazu103:そこから飛び降りられる?
syou:ええ?!
kazu103:たしか、8階だったよねー
syou:なんで、オレがそこまで・・・
kazu103:何いってんの!あのコたちは、どうだっていうの?死んじゃったのよ!
kazu103:あなたの仕打ちが、どれだけ人を傷つけたか、わかってないんでしょ。
syou:それは、わかってる
kazu103:わかってない。
syou:わかるさ。オレも、前はそうだったんだから。
kazu103:あ、そうそう、次のコね、koaranだから。
koaranは、将太がかつて愛して、そして今の不実な彼となる理由を作った女性のIDだ。
syou:それは・・・やめてくれ。
kazu103:あれ?おっかしーなー。あなたは憎んでいるんでしょ?
syou:そう、でも、彼女は・・・勘弁してほしい。
kazu103:は!おめでたいもんね!
syou:やめろ。
kazu103:もう、遅いわ。じゃ、ね。
syou:おい!お前だって、犯罪者だぞ。いい気になるんじゃない!
kazu103”はログアウトしました。
通信は切れた。

将太は,手帳からkoaranこと田口琴美の電話番号を探した。既に、携帯の電話帳からは消去している。
ダイヤルするのに、かなりの時間迷いながら、それでも、やっとのことで将太は琴美の番号をコールした。
「はい?」
「あ・・・・オレです。」
「はぁ?誰?」
「蓮井です。」
「あ・・・・しょうちゃん。・・」
「時間が・・・・ないんだ」
出来る限りの誠意を見せて話し、彼は琴美に、部屋で待ってくれるよう懇願した。案外拒否感は持たれていない返事を受けて、彼はバイクで彼女のマンションに急いで向かった。彼女に危険が迫っていることは話さなかった。
深夜にもかかわらず、琴美はイヤな顔もせず、部屋に案内してくれた。
「どうしたっての?」ポットに入ったアールグレイをカップに注ぎながら琴美は美しい瞳を将太に向けた。「こんな夜中に、いきなりなんだもん」
「ごめん。でも」将太は言いづらそうにして続けた。「今夜、一緒にここにいさせてもらえないだろうか」
「・・・・・ええ?」
「いや、変な意味じゃなくて」言ってしまって、将太は舌打ちした。
「今夜だけ、話をしたい。頼む」
「まぁ、明日は休みだし、いいけど・・」琴美は困惑しながら、それでも申し出を受け入れてくれた。
あまり弾んだ会話ではなかったが、将太はできるだけ途切れないように話を続けた。ともすれば恨み話にならないように、今の仕事の話に終始していた。そして、時々、ドアの外の物音に耳をそばだてていた。
「そうそう、おもしろいページ、見つけたの」夜明けが近い頃、琴美が自分のノートPCを持ってきてテーブルに置いた。なんとか延ばして繋いだ電話ケーブルをジャックに差し、彼女はあるページを将太に見せた。
その中身を見て、将太は眠気を忘れて愕然とした。

トラブルシューティング、というカテゴリに、「ページャ」の記事があった。
そこには、対応に問題のあるIDの人間への対処法や、その相談役の人間が扱うメーリングリストまで案内してあった。その中で、最も彼が目を瞠ったのは、個別ニュース配信サービスへの介入方法だった。
これなら、特定の個人に架空のニュースを流すことができる。
「そうか・・・」
ぼんやり画面を見つめる将太を、琴美が首を傾げて見つめていた。
「どうしたの?まだ、しょうちゃん、ページャやってるんだっけ?」
「うん・・・」
「悪いヤツ、いるよね。あんまり多いから、こんなページ、できるんだよね。」琴美は妙に真面目な口調で,彼に向かってともなく話した。「その点、しょうちゃんって、優しかったよね。こういうの見ると、改めて、思うよ」
琴美が、ゆっくりと彼の右肩に触れるのがわかった。
将太が画面を少し下にスクロールすると、メーリングリストのアドレスに、見た覚えのある名前が表示されていた。

将太の電話が鳴った。
「おーい!。元気かぁ」
「?誰ですか?」起き抜けの彼には見知らぬ声ではなかったが、判別するところまではいかなかった。
「和美だよ!わかるぅ?」
「あ・・・・ああ!新谷さん。」
「やっと目が覚めたかい?体も、ひねくれてた心も、さ」
「え?」
「ま、適当にやれよー。じゃあな!ちゃんと会社行けよ!」
和美が例のHPのメーリングリストを主催していたのを知ったはそれからしばらくあとのことだった。そして、彼女らに寄せられるメールのブラックリストに頻繁に載せられていたのが将太だ。琴美も参加者の一人だったが、それは他の人の参加動機とは一線を画していた。むしろ、孤軍奮闘で彼を擁護する立場だったという。かつては自分も好意を持っていた彼のことをずっと忘れないでいてくれたという。

将太の相手のページャIDがたった一つになってしまってから、もう2ヶ月になる。そして、それももう少しすれば不要となって消えるであろうことも、彼にはよくわかっていた。

    <完>

[あとがき]
きっと御存知だとは思いますが、ここで使っているページャ、とは某社(バレとるがな)のチャット用ソフト。掲示板なりで見つけたIDを登録すると,どちらも繋いでいればオンラインになります。
けっして、これはすべてが体験談ではありません。
それに近い話はきっとどこかで起きている、みたいな。
人を殺すトリックが下手なもので「効果はいま一つのよう」なのですが、ページャの雰囲気が表現できてたらいいな、と思います。

2000.02.09release

by pmrider | 2018-01-12 22:39 | シリーズ「SB37] | Comments(0)