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やっと涼しくなったと思ったら、数日後まで雨模様の予報・・・

仕事は午前中でだいたいのカタがつきそうだったので、午後から休みにしました。

予報でみると、今日の午後から明日の午前までは晴れ間が。
これを逃す手はない。
あとは雨が続く。
日曜はトマトのリレーだが、選手の人はお気の毒。
いやいや、岡山だけあって、小雨で済んでたりして・・

お天気レーダーを確認してから、16時前から走り始める。
キッチンではおでんの準備があり、ボクが出かける様子を見て、ヨメさんが一瞬呼び止める。
「出かけるなら、ちくわかなにか買ってきてもらおうと思ったけど」
「いや、時間は少し遅くなるけど、買って帰るけど」

天気はどんどん回復していくようだ。
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体調は、良い。
今日のTシャツは、第1回おかやまマラソンの、のせいかも。

しばらく走れば汗はかくけど、夏のそれではない。
8月にはしんどくてヨレヨレだったコースを再び走る。
ラップはキロ30秒以上速い。

ハローズでおでんの具(ちくわ)を買う前、なんだか見事な景色が。
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これは、実は他人の家の敷地内まで走っていって撮りました、
ご主人がでてこられたので「すみません、写真を撮らせてください」とぺこぺこしながら。
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結果は15キロ。
キロ5分台だったので、満足。

アルパカにも種類があるようだ。
これはGOOD。
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昼間に通販で届いた、ランニングポーチとキャップ。
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来月にはおかやまマラソンを控えて、そろそろ1回くらいは30キロを走っておかなくては、と数日前から考えていました。
本当はおかやまマラソンのコースの脇に住んでいるから、そこからルートに沿うか逆走するのも簡単。
でも、今日はチャリティランの日。

そこまで行くのに、市街地を通れば10キロにしかならないが、遠回りして百間川河川敷なら、20キロ近くになるはず。
これでいくか。

6時半過ぎ。
もう日の出の時刻は過ぎているが、まだ強い光はない。
百間川の土手。
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たしか、気温は18℃程度。
暑くはないけど、快適な気温よりはやや高い。
それでも、夏の時期に比べて給水は少なくて済む。
今回は900ccのペットボトルに入れた水のみ、リュックに入れて。

本当に久しぶりに、河川敷のランニングロードを走る。
ペルピエの練習日らしく、Hさんのグループともすれ違う。

たしか3箇所ほど、無人のエイドステーションが。
以前に走っていた頃にはなかった。
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誰が使っているのかわからないが、イタズラされないなら、便利。
もっとも、イタズラするためにわざわざここまで走るワルガキは、既にランナー仲間みたいなもん?

一番の心配は、チャリティランの開始時刻に間に合うかどうかだったけど、8:40頃には到着。
距離は残念ながら16キロあまり。

M松葡萄園からの葡萄。
チャリティ用の葡萄
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エイド用。
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どちらも、美味しい。

最初の集まり具合は、あまりはかばかしくなかったようだ。
今日は吉備高原レースや、龍馬脱藩マラソンなどが重なっている。
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スタート
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ホネホネ兄弟?
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でも、空気は秋らしく、もう少し風があったら、もっと快適だったろうに。

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ここでは4周。
30キロには、あと3キロあまり。
参加されていたK山さんに帰り際に「あと3キロで30キロだー」と話すと「えー、いいなぁ。私はあと7キロ走らなくちゃ!」と。
アナタも、すげーがな・・昨日もおかやまマラソン対策30キロ練習会だったんじゃろ?(^^;

駅を経由して走る。
ファジのマンホール
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なんとか30キロクリアして、あとはバスで帰る。

自分用のパスタを作り、車を掃除して、給油。
あとは、覚えに。

今の値段。カードなので、ここから無条件に3円引き。
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ここ半月の燃費、ストリームの排気量(2000cc)にしてはかなりいいと思う。
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これは買ってからの累積。完全にALLではないが。
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10/1(日)の大会ボランティア参加のため、土曜日は仕事だが14時には退社とする。

帰宅して、大急ぎで荷物の準備。
立哨が役目だが、いちおうキャンプ用テーブルと、走れる服装と装備とシューズも持っていく。
15時には家を出発し、岡山ICは15時半頃通過。
北房ICは16:05。あとは下道。
コンビニがあった記憶があったのだが、なし。
月田に向かう途中の、いかにも田舎の酒屋で、ラガーと氷結を買う。

16:30から前夜祭開始、の予定だが、それには間に合いそうにない。
それでも17時頃には到着するが、学校の運動場にクルマを止めて、宿泊施設まで荷物を運びたいのだが、関係者が見つからない。
ぐるっと回って、本部のテントを見つけて、M松さん奥様を見つけてビブスとTシャツと「サルナシ茶」とボランティアの謝礼をもらい、新庄村職員のS村さんにきいて、宿泊は昨年と同じ研修施設に行くよう教えられる。
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岡山市内はやや暑いくらいだったが、ここは少し寒いくらいだ。

荷物を置いてから、前夜祭に参加する。
外のブースで、アマゴの串焼きとヤキソバと骨付きチキンとパニーニをもらい、屋内の部屋に入る。
空いている席はわずかだったがなんとか確保。
ステージでスイーパの紹介中。

さらに、後ろの席のT中さんから、明日がM松さん夫妻と、今回の大会の実行委員長K田さん夫妻の結婚記念日なので、サプライズでプレゼントを用意しているので、カンパを依頼される。
喜んで協力。200円でいい、といわれるが、それだけでいいのか、T中さんに悪い気分だ。

贈呈式
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大方の食事はなくなっており、挨拶が続くのであまりパクパク食べていられない雰囲気。
これが夕食代わりなので、少しがっつく。
野菜のてんぷらも大量に残っていたので、できるだけ回収して部屋にもって戻る。

昨年同様、部屋で酒を飲みましょう、と話していたT嶋さんは、こないだの武尊山(?)トレイルで47キロリタイアという不本意な結果だったのがかなりショックだったようで、自分を戒めるためにも、明日もスイーパだし、今日は禁酒されるそうでした。(ビールは少し飲んだそうですが)
代わりに、鳥取のお酒(右)をもらいました。(^^
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研修施設のフロに行くと、広い湯船に、まだ湯が張られていない。
諦めて「シャワーでいいっすよねー」とつぶやく人もいたが、できれば溜めたほうが喜ぶ人もいるかと思い、栓をして湯を溜め始めて、時間をかけて待っていました。
半身浴どころか1/4身浴みたいな状態でムリヤリ入り、あとからきた初対面のロングコースの選手とも、しばし雑談。
明日は蒜山で待ってますから、と。

研修施設の部屋番号は数字で標記もあるけど、ドアの上には「毛無山(の間?)」とか「白馬山」とか書き込んであり、感じが良い。

同室は、ミスター正木山のS口さんとかH垣さんやM松さんだったが、S口さん以外は結局来なかったり(菅谷クリエイトでBBQ?)で、結局S口さんと酒飲みながら、総社正木山トレイルの内輪話とか興味深い話をきかせてもらいました。

寝る直前になって、別の部屋がオーバーフローとなって、A部さんというスイーパーが来られました。
FBでは名前はよくお見かけするけど、本人とお会いするのは初めて。
A部さんが今年参加されたUTMBの話で盛り上がり、就寝予定時刻がかなり遅まる。(^^;


10/1
朝4時には目が覚める。
ロングコースのスタートは見てみたかったので、仕度をしてとりあえず荷物をクルマに運ぶ。
寒い。
スタート地点でのほかの人の会話より、気温は5℃程度だとわかる。
こちらはスタッフTシャツにビブス。あとで、ジャージの上だけ着ていました。

5時スタート。空にはH垣さんのドローン。
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見届けたあとは、すぐにクルマで立哨の現場に向かう。

夜明け
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途中のローソンでオニギリを買って、朝食。


立哨の場所を確認し、昨日、M松さんから指示された、ここから北に1キロのエイド3までのルートへのマーカ付け作業を開始する。6時。
シューズは、リペアしたブーストのランシュー。
せいぜい片道1キロ程度。
この道は、中国四国酪農大学の敷地なので、普段は立ち入り禁止。なので、この風景は貴重だ。
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赤富士ならぬ「赤大山」
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やがてエイドのあるキャンプ場が見えてくるが、分かれ道があり、そこに向かう先にはキャンプ場を囲う柵があり、一見、入り口が見えませんでした。
分かれ道を右に行ってみると、ついにどん詰まり。これはおかしい。
再び、柵に向かって、夜露でシューズがビシャビシャになる草地の道を行くと、柵沿いに抜け道がある。
最後はコーンで封鎖されているが、入り口がありました。
念のためにM松さんに電話で確認。ここらしい。
昨年は逆走コースだったので気にしなかったが、今回はちゃんとマーカーをつけないといけないように思えました。
ちょっと短すぎる間隔でマーカ設置。

7時には蒜山ICの道の駅まで行ってボランティア受付なので、ちょっと焦りながら道を戻り、車で7時前に受付到着。
1年ぶりに、昨年草刈したO谷さんと再会。こちらは夏の服装なのに、O谷さん、ダウン着てるよ・・・(^^;
弁当の到着がやや遅れているので時間をツブし、あとで合流する大学生2名分のものも合わせて受け取る。
案内するコースにある、ゲートがまだ閉まっていた件を告げるとM松さん奥さん「あれ、カギはないからそのまま開けられるのよ」と。なんと。

担当箇所に着くと、酪農大の副校長さんと、カメラマン・ナミさんがいて、開いたゲートの前で話をしている。
とりあえず、これでOKだ。

と、蒜山ワイナリーの駐車場にいると、別の車がきて、ドライバーから呼びかけられる。
「レースを応援したい、ていう大学生を連れてきたけど、ここでいいかな」
「?応援?いいと思いますけど・・」
降りてきたのは男女1名ずつの大学生。
立哨の残りの大学生メンバは、エイドまで一緒に連れて行かれて、ここまで別途送ってもらうはずだ、ときいていたので、立哨のメンバかも、ときいてみると、まさしくそうでした。
ならば応援、とかでなく「立哨のボランティア」とか簡単に言ってくれればよかったのに・・・

立哨として配属されたのは男性のS君と女性のTさん。
S君はランニングには疎い、というが、なんと蒜山に親の所有する別荘があり何度も来ているという。ここらの地理には詳しそうだ。
Tさんも同様だが、おかやまマラソンのボランティア経験あり。ちょっと安心。

簡単な自己紹介のあと、道に目をやると、まだ8時過ぎなのに、選手が見える。
3時間で、29キロ。
ロードなら速くはないが、あの山を越えてこの時刻とは!

もっとヒマかと思っていたが、ほとんど途切れることなく選手が通過。そして誘導と、写真を撮る。
systemwayでエイド2の通過時間を確認する。
どれくらいの間隔で選手が来るか、だいたい予測してS君とTさんに伝えておく。

誘導は単純作業なのだが、ボクみたいに立ち作業に慣れている人とは違い、大学生のカレラには立ち続けるのはしんどいだろうから、「しんどくなったら、いつでもそこに座っていていいよ」とでっかい蒜山の地図標識のそばに腰掛けさせる。
すると、目だったビブスのせいか、「道の駅はどっちかのう?」「蒜山大山スカイラインはこっちでいいん?」とか旅行者のクルマに尋ねられる。
兵庫出身のTさんには難問・・・(^^;

そのうち「応援したいんだけど、ゼッケンxxxの選手は、もう通ったかしら」と通りかかったクルマの20代くらいの女性から尋ねられる。
「車でいける場所はここくらいしかないかな、と思って」女性は、あくまで謙虚に質問。
「systemwayで見ると・・まだここは通過してないと思うけど・・・」
「あ、それ、知ってます(systemwayのこと)こちらでも調べてみます」
「もしも、ここを逃したら、鳥大の施設のエイドかなぁ・・」と地図を見せてルートを説明。
女性も、恐縮して、短時間で終わる。

そのうち、なぜか、後半グループでの通過のカイハタさん通過。
とおもいきや、止まってこちらにくる。
「ライトを忘れたんだけど、持ってます?」
いちおう、トレラン用の最低の装備は車にもってきていたので、ヘッドランプをお貸しする。
今思うと、スタート時にはもっと困られただろうに・・・途中のトラブル?

持ち場に戻ろうとすると、なぜか、蒜山エイドの方向から、乗用車が降りてくる。
S君にきいてみると「道を間違えていったけど、すぐ引き返したみたいです。ああいうの、あるんですね?」
そんなん、きいてねーよ!
用心しないと!
選手、あぶねー!

しばらくして、同じように選手を追って上ろうとする車を発見し、慌てて制止。
え?M松さんと、K万さんでした・・・(^^;
さっきの経緯をお話して制止理由を説明する。

いつもは閉じている酪農大のゲートは、一見頑丈そうだがカギはかかっていない。
そして、開いたままにすると、止め具がないので風でまた閉じてしまうこともある、と副校長先生が仰っていたので、注意していると、一度はいつのまにか閉じてしまっていました。
まぁ、半分は開いていたのだけど。

やがて、おそらく終盤に近いと思われるランナー(かなり歩いている)が目立ち、エイド3の関門時刻も近づく。
選手の来る間隔もかなり長くなる。

目の前の牧草地にはいつのまにかジャージー牛が
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ついに、スイーパーと思われるビブスのランナーが、他2名のランナーとやってくる。
しかし、スイーパーの女性は「あと1人、あとで来るから」と言い残して通過。

大学生2名からは、ときどき「もう、半分くらい選手通過しましたかね」とか、ちょっと終わるのが待ち遠しいようなセリフがあったので、途中で「ホンネは、せっかくの休みなのに駆り出されて、ちょっと不満だったりして?」とカマかけてみましたが、2人は真面目な学生のようで、陸上に関係があったり、新庄の自然にかなり興味があったり、と、決してイヤイヤで参加してくれたようではありませんでした。
前夜祭ででてきた野菜のてんぷらが、S君は「とても美味しかった」と話していました。

それでも、早く撤退できれば、Tさんがボランティアを最終的にM松さんと取引して引き受けたときの約束、ジャージー牛乳アイスが食べられる。
実は、この場所の隣には、大会のスポンサーでもあるジンギスカン料理屋があり、時折、おいしそうな焼肉のニオイがしてきていて、立哨の唯一の強敵、でした。
ニオイがするたびに、大学生2人と苦笑。これだけはイヤだわ。

最後に来る(であろう)スイーパはなかなか来ない。
そのうち、酪農大の副校長先生が車で来られて「蒜山エイドは、もう撤退してるぞ。ここも終わりにしたら」と言ってくれる。
しかし、スイーパが来ないという情報はない。

立哨の終了予定時刻は12:30なので、12:20くらいに待ちきれず、S君とTさんに、ルートの来る先と行く先に別れて、マーカーの撤収を依頼する。
そのあとM松さんに電話するが出られない。
仕方なく、本部のF社担当者に電話。
こちらからの質問には簡潔に「ルートを間違えたランナーがいたけど、今、そちらに向かっているランナーもスイーパーもいない」という答えでした。
では、撤退だ。
戻ってきたTさんの話では「向こうの道路のガードマンさんも、スイーパーを待ってるみたいです」と。
ならば、この情報を伝えねば。
S君も揃ってから、約束のアイスを食べに、隣のジンギスカン料理屋へ。

アイスには種類があったけど、二人は、スタンダードなソフトクリームをオーダー。こちらもついでに。
予算は、取引したM松さんから与っていました。
といっても、380円のソフトクリームが「スポンサーだから割引だよ」と300円に。
後で見ると、自分の着ていたボラTシャツにはくっきりと店の名前が。(^^

インスタ映え、ムズカシイ
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あとは2人を本部に送る前に、ガードマンにも作業完了を伝えねば。
そのせいで、実は酪農大の副校長先生から「最後はゲートは閉めてね」「はい!わかりました」と交わした会話をすっかり忘れていました・・
気づいたのは、岡山に戻ってから、翌日、本部のS村さんに送ったメールに気づいてもらって、対応してもらったのですが・・・(^^;



ガードマンには直前に情報は届いていたようで、安心して新庄まで戻りました。

途中のベアバレーのコスモス。
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S君もTさんもスマホで写真を撮るのは好きそうだったので立ち寄り。



役場に着く前に、後部座席でTさんが寝入ってしまっていたので、どうしよう、お姫様だっこしていくのはキツいなぁ、とかS君と話していたけど、無事(?)起きてくれました。
そりゃぁ疲れてるよなぁ。

2人を降ろしてから、車で、もらった弁当を食べる。
ビブスとマーカをS村さんに返却し、出店の中の大福の店でオミヤゲを買う。
「これ、ひめのもち、使ってるんですよね」会計の直後にきくと「いや、・・これは京都のお餅で・・でも美味しいですよ」なんと・・・
いや、実際美味しかったですけど。
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ゴール近くで、ミドルとロングの交互に、ハイタッチして最後の応援。4~5人だったけど・・・

14時半頃には新庄を出発したが、なにせ、眠い。
かなりヤバそうだったので、やっと見つけた自販機でブラックコーヒー。
それでもダメそうだったので、北房ICに乗る前に20分ほど仮眠。
これで、なんとかなりました。

1日なので岡山ICをでてから「丸亀製麺」で釜揚げ(半額)を食べておく。
17時には帰宅できました。

いつものとおり、家族からは「お疲れ」の一言もなし・・・
夕食は下の娘と一緒で、トレイルのスタートシーン動画など見せてやり、いちおうおとなしく見てくれただけでも、良しとしよう・・・



祝祭日も仕事になる日々につれて、日曜日の過ごし方が重要になる。

休日には体を休めることが、仕事に関しては大事なことなのだが、ただ、グースカ寝ているだけではいけない。

土曜日には、仕事で20時過ぎになったが、実母に直接「彼岸だからお墓参りする?」と確認するために家まで寄り、「行きたい」との確証を得る。
(電話してもよいのだが、携帯は操作がわからず、固定電話だと出るまでに細い廊下を歩かせることが心配なので)
日曜日はヘルパーさんが11:30に来るので、それを避けて9時に家まで迎えに行くことを伝える。

それより前に、日曜の14時には、母を委ねることのできそうな市内のグループホームの見学に行くことで、義姉と14時に海吉の現場で待ち合わせの約束もある。

せっかくの休みには走りたい。
では、母を迎えに行く前か、後か。
5時半には目が覚めて、とりあえず身支度をしているうちに、6:30には走りにいくことで自分の気持ちに折り合いを。

児島湾大橋
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約4キロ地点
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コスモスと、たわわになりそうな稲穂
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マンジュシャゲ3兄弟(笑
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約11キロを走れて、自分では納得。

シャワーを浴びる。と思ったが、残り湯がまだ温かいので、それで済ます。

9時までに実母の家に行き、途中で花を買ったものの、ハサミを忘れていたので、むやみに背の高い花を生ける。
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お供えにはモルツ
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足元の覚束ない母を見かねて、危ない箇所(8割ほど)は母をおぶって墓までの階段を上り降りする。
最近は食が細く、体重も44キロ程度になってしまったので、それほどの重さではない。

母の隣に住む母の実弟の(叔父さんだが)もちょうど墓参りに来ていたのだが、母には実弟に会った自覚がない。

母を家まで送り届けて、QBハウスで2ヶ月ぶりにサンパツしてからは、帰宅して自分でパスタを作って昼食。
12時前。

こないだ介護センターでの会合で、母の記録として「お盆にお寺さんとケンカした」という記述があったので、詳しいことをきくために、白十字でお菓子を買ってから、バイクで市内のR寺へ。
生憎、事務センターは休み。

14時までに東区のグループホームまで行き、義姉と待ち合わせて見学に伺う。
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施設は清潔そうで、築3年程度。
機能としては十分に見えるが、「終の棲家」としてボクだったら選ぶだろうか。いや、そこまでは妥協できないかも。
しかし、今の母の状況からすれば、そのほうがいいかも。

来週は新庄トレイルランのボランティアがあるので、実際に母を連れてきて見学させるのはもっと先になる。
しかし、母の生活向上もしくは機能維持のためには、選んでもらわなくては困る。

夕方、1時間半ほど、ベッドで寝る。シエスタ。
そうまでしなくては、明日からの仕事に支障がでそうだ。

個人的には、来週からは仕事はさらに30分早く7時からの出勤とするよう、言い渡されている(反論の余地なし)。
「早く(定時なら16時)帰れるよ」とは言われるが、仕事は早く終われるような状況ではない。
苦しさはさらに増すかも。
それを伝えたり、ソリューションを相談する相手も皆無だ。
苦しさは、いつか、プラスになる。それを信じるだけだ。



滝付近の美しい池
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他の完走ランナーさんや、完走を目指していたランナーさんのことを記事で読むと、思い入れがボクとはハンパなく大きいように思える。
全力を出し尽くし、その強い意思を持ち、維持できることが夢の実現のカギになるのではないかと愚考する。

全力を出し尽くしてしまうと、終わってから一人で片づけして、無事家まで帰宅して、なにごともなかったかのように家で振舞うことが難しい。
ボクの場合、家族はランニングにはまったく興味ないし、ましてやそれでケガや疲れた表情をしていると「それみたことか!」みたいに否定的な言葉を投げかけられる。(に決まっている)
フルマラソンで死力を振り絞ってゴールして道に倒れた川内優輝選手に、駆け寄って毛布をかけてくれる人はいなくて、ほっちらかし。
そんな予感が、全力ではなく、余力を残した上でのゴールを計算しようとする。

ランニングは大事な生き方なのだが、働くことも無視はできない。
今の職場の雰囲気は、休みがとりにくく、少しダラけた行動をしていると、いつのまにか「業務改善」の名前の元に、他の社員から「危険行為」みたいに摘発される可能性もある。(そういう意見を発することがノルマのようになっているから)
今回は大会の翌日を休みにできたが、仕事に行くからには、脚の痛みを理由に仕事をおろそかにはできない。
必ず回復しなくては。

それでも、今回のコース上で出崎口には、その近所に住む義理の父母がいる。
義父は昔、児島半島のリレーマラソンに出た、という話をしたことがあり、「いつ頃ですか?」「中学かのぉ」「義父さんが走った距離は?」「40キロくらいじゃったか・」(←ありえんし)
みたいに、正確な状況はよくわからないけど、正月はたいてい箱根駅伝のTVを見ているから、ウチの家族の中では一番ボクを理解してくれそうな人だ。
85歳を過ぎて、歩くのも心配な義父が、もしも来てくれるなら、せめて一緒の写真の1枚でも撮れれば、と思って、出崎口の通過予想時刻を9時から10時、と伝えておきました。
36キロ地点なので、それぐらいなら、と。でも、実際は10時25分くらいに到着。
エイドのそばにはスタッフの人しかいませんでした。
「少し前に、老人夫妻がきてなかったですか?」とスタッフに訊いてみるが「さぁ・・?」と。
宇野駅からはスイーパの方と走ったり歩いたりを繰り返していましたが、ここの近くの後閑からは道も狭いので列も1列になり、登り坂だけどずっと走っていけました。
やっともうすぐ約束の場所に着く、という気持ちがあったと思う。

家に住む妻や子供にも、コースなど情報は伝えたけど「じゃあ、ちょっと応援に行こうかな」という家族はなし。
こちらからは「一日中走っているから、このコースのどこでも、ちょっとクルマで走ってみれば、お父さんのやっていることがすこしはわかってもらえるんだけどね」とは話したのだが。

あとは想像だが、もしも、それで彼らが「わかった。ゴールで待つわ」と言ってくれたら、ボクは簡単にリタイアしただろうか。
途中の「八浜くらいにでも見に行く」と一言あれば、そこまでは、必ず走ったのではないだろうか。

そんなエモーションを与えられてゴールできた、ボク以外のランナーさんたちはさぞかし幸福だろう。
もちろん、そんな「逢瀬の約束」がなくても、走りきれる脚力こそ必要なのだろうが・・


いろいろと宣伝・豪語していたワリには、あっさりリタイアです・・
やはり、甘いもんじゃない。

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土曜日は18時まで仕事で、急いで帰宅すると、フロは娘が入っている・・・
さっさと食事とフロを済ませて、明日の準備も済ませて遅くとも21時には寝なくては。

それでもだいたい予定通りに済ませて、就寝。
昨年まで、ボランティアで参加したときよりははるかに睡眠時間は確保できている。
鷲羽山ユースホステルで前泊したときは、ほとんど寝られなかった・・


さて、当日の2:40に目覚ましをセットして、起きる。
車で児島まで45分程度なので、それを計算にいれて準備。

テーピング
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ウルトラ用(?)5本指靴下
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準備していた短パンを見ると、腰のヒモの一方がウエアの中に引き込まれていて、締めることができない。
以前より、洗濯に出す前には必ずゆるくでも結んでいたものだが、いつのまにかほどける場合多し。
ヨメさんに言わせれば「そんなん、すぐ引っ張り出せるが」ということなのだが、こういう急ぐときは困ることが、わかっていない。
仕方がない。別の短パンでいく。
オニギリ1個だけ食べて、出発。

車を運転して、しばらくして、ヘッドランプをどこに入れたか思い出せなくて、途中でバッグを探すが、・・・ない。
行きはまだいいかもしれないが、長い夜のセクションで必要なのは、ボランティアをしていてよくわかっている。
しかし、だ。

集合場所近くのカーブが繰り返す道で、誘導員がいる。従来はランナーだったS水さんだ。
「(スタート地点近くの)駐車場はいっぱいなんで、展望台の駐車場に行ってください」といわれる。
たちまち、ライトが必要になる状況。
ここからはiPhoneのライトでしのいだが・・

短パンといい、ヘッドランプといい、なんとなくマイナス要素を感じる。

受付で、知り合いのM川さんにきいてみると、小型のLEDライトを貸してもらいました。ありがたい。

今回は参加ランナーも80名以上なので、大会規模も「大きいなー」という印象。
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いつものことながら、F原さんの演出として、記念写真を撮るのだが、スタートの5時ピッタリを、どうしてもオーバーしてしまう。今回は特別、いままでの参加会に応じて集まったメンバで記念写真を撮る。メンバの入れ替えで時間がかかり、結局スタートは5:10。

LEDライトは点けたけど、すぐに不要となるような空の明るさ。

東の空
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岡山の最低気温は19.5℃。暑さはない。
前を行くのは、昨年の女子の覇者K加さん。
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走ってみると、確かにエイドは多く、「何が要りますか?」とたいてい訊かれるけど、途中からはちょっと答えに迷うような。

最初の難所、王子ガ岳も、ほとんど上りは歩きだったが、案外早く済ませられたカンジ。

下りにはいり、昨年はランナーだったが今年はボラのS田さんが「ここ、野犬がいるんですよ」と指差す。
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追いかけられると、速くなる??(^^;


王子ケ岳の下りは快適で、滝までに、ボクよりはずっと早い男性ランナーを追い越す。
下りはちょっとキツいのはよくわかる。

降りてからの公民館のエイドでトイレに入り、その間にかなりのランナーが通過して追い越していった模様。
まだ朝7時くらい。
生活のリズムとしては、これくらいでトイレに行きたくなる(^^

まだ20キロくらいなのに、さほど気温も高くないのに、ちょっとしんどい。

ゼッケンがあるので、犬の散歩中の男性に「どこまで走るん?」と訊かれる。
「鷲羽山からスタートで、貝殻山まで行って、往復するんです」
「貝殻山・・」
「金甲山の向こうです」
「ええー!(どっひゃ~)」みたいな。

しばらくして、赤信号で止まっているとモズ先生ら4人ほどの集団と合流する。
よく見ると、そのうち一人は「最後尾」のスイーパのM嶋さん。

もう、最後尾かよ!

モズ先生は「このペースを守れば、ウルトラならごく普通のペース」と何度も説明されるが、ボクとしてはこのペースを守るのも、やや怪しい・・

最後尾の女性は、ボクの少し後ろをずっと走ってきていて、なんとなく、おいつかれたらヤバいな・・と思いながら、でもあがらないペースで走っていました。

宇野駅前で、ボクがトイレに寄ったタイミングで、最後尾はボクになりました。

M嶋さんは適当な会話量で合わせてくれましたが、歩きが続くと「このまま歩いていては、さすがに制限時間が18Hでも厳しい。そろそろ走ろう」と促される。

意外な場所でのK畑さんエイド。
冷たい麦茶が美味しかった。
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「次はスイカがあるよ」とのフリにM嶋さんは大いに期待していたようでしたが、少なくともボクと一緒のときのルートでは出現してもらえませんでした。

出崎口では、事前に伝えておいた、そこの近所に住む義父母から「アナタはいつ頃通過するの」と質問されていて、もしも応援できてくれるなら「9時から10時くらいかな」と答えておきました。36キロ地点だから、それくらい、と予想したけど、実際の通過時刻は10時半くらい。
待たせていたかどうかの真偽も、まだ不明。

塩田跡の広大なソーラーパネルの並ぶ横を走っていると、M嶋さんの次のスイーパーのH崎さんの車がちょっと先に止まる。
「リタイアするかどうか訊かれるかもね」とM嶋さん。

13時の関門はおそらくクリアできそうだが、ここからずっとゴールまで歩いていると、ギリで間に合わない、というM嶋さんの計算。


脚の調子と、自分の意思を考えた上、出した結論は「リタイアする。しかし、せめて中間点の50キロまで行き、再度そこでジャッジする」ということ。

金甲山登山口エイドでは、110キロのAコースの選手もまだ多く立ち寄っている。

貝殻山は、基本、歩きで、わずかなフラットOR下りでは走りました。
意外に風はあり、木陰は夏の暑さを防いでくれていました。

貝殻山頂上エイドで、リタイアの意思と、50キロまで行きたい旨をD力さんに伝えると。どうも、ピックアップしてくれるクルマがない。
エイドの撤収時に合わせて行こうにも、乗客がいっぱい。
それは50キロ地点も一緒。
F原さんはムリ、O郷さんはヨメさんの併走しなくてはならず、とりあえずこの場所からなら、今ここにいるスタッフの人が植松まで移動する車に乗せてもらえるので、あとはJRで児島駅まで自力で行って、と言われました。
それしかない。

クルマで、帰りのコースをそのまま辿っていると、知り合いのランナーもまだ頑張っていて、こちらは心苦しい。
と同時に両脚の甲の部分に痛みがあり、やむを得ない選択だったかと自分に言い聞かせる。

植松駅の下で降りて、駅に行くが、各駅停車の瀬戸大橋線は1時間に1本で、25分くらい待つことになる。

まだ、宣伝している。
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児島駅で降りて、計算上は4キロ程度の鷲羽山までの道を、半分ラン、半分歩き。

本部で、F原さんに声かけして、経緯を説明し、ついでに「たこめし」をもらう。
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完走のスパイスはないが、以前よりも美味しく感じました。
世話しておられた「大和魂」の元ウルトラランナーの女性からは「完走なんてすると、味覚が変わるから、今の方がいいのよ」と。

帰りのクルマはかなり眠たくて危険を感じたので、途中でちょっとだけ仮眠。
しかし暑いので、再び走り出しましたが、頑張って完走すれば、帰宅するのも苦労したのかな、とも思いました。
帰宅してすぐ、1時間半ほど、ベッドで睡眠。

スイーパのM嶋さんとの話で「月間150キロくらいしか走ってないんです」と話すと
「うーん(せめて200キロ以上は走りこまないと)ウルトラは無理だね」みたいな反応でした。
今は年金生活のM嶋さんみたいに、走る時間を十分に確保してから、再チャレンジすべきか。
悔しさはないが心残りはある。
借りは返すべきだろう。



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ランニングを始めたのは、2009年11月。
誰かに誘われたのでもなく、TVですばらしいランナーをみかけたワケでもない。

子供達もある程度の年齢まで成長し、親と一緒に行動することが少なくなって、ボクの自分の生き方を潜在的に考え直していたのかもしれない。
ユニクロではあったが、トレーニングウエアの上下を買う。
安物ではあるが、ちょっと使ってそのままゴミ扱い、にはしたくない。せめて使い続ける。
当時のSNSはmixiではあったが、走ることを記述し残すことで、周りのマイミクからもなんらかの反応をもらうことが励みになりました。

週に一度、日曜にしか走らない。
そのうち、RUNNETのサイトに走行距離を記録するようになり、いつも走りながらiPodShuffleで聴いていた音楽も、iPhone(GS3)を購入するにいたってからはiPhoneでの音楽に変わる。
2010年の3月。
フリーソフトのRunKeeperで、自分の走行距離をありのままに記録するようになってからは、その距離の伸びも励みになる。

いままでの人生では、仕事をいかに楽に進めるために、ショートカットして(=誤魔化して)済ませることに終始していた日々。
でも、それがまったくできない、むしろ、それをすることが恥ずべきこととなる、価値観の変換。

一番最初は1.5キロ。
近所の岡南大橋を渡ろうとして、半ばまでいって、息が切れてそのまま帰宅。
まだ、喫煙習慣のあった頃。(2010年9月よりいままで禁煙)

そのうち新岡山港までの往復で3キロまでいくが、往路は走って、復路は歩くテイタラク。
当時は「仕事に支障でないように、絶対にムリはしない」のが信念。
今から思えば、バカげている。

でも、週1とはいえ、継続していたのは確か。
雨などもあったと思うが、それほどのブランクはなかった。

旭川の河川敷を走っていて、見知らぬ高齢ランナーから声をかけられ、しばらく併走したときがありました。
高齢ランナーの方は「浦安あたりから10キロ走ってきている」と説明され「へぇ~~~!」と大いに感心したものでしたが、今思えば、ごく普通の距離。

しかし、この10キロが、なかなか走れない。

2011年7月2日、RUNNETのダイアリーで、ようやく旭川河川敷コースで10キロRUNを達成したことが残っていました。
この年の4月に、東日本大震災チャリティランに出会ったことも影響していると思う。
その年の11月27日、初めての10キロマラソン大会「第2回花回廊マラソン」で10キロ完走。
2月のそうじゃでの「脚だめし」5.4キロに続き、これが大会参加の本格的なスタート。
55M22S。

2012年と2013年に、そうじゃ吉備路マラソンではハーフ完走。
2014年のそうじゃと小豆島タートルはフルで途中リタイア。この年8月の右足骨折の影響もある。

2015年の第1回おかやまマラソン、2016年のそうじゃ吉備路、小豆島タートルではフル完走。
2017年の高知龍馬マラソンでフル4回目の完走。

しかし、いまや、周りの知り合いのランナーは、フルどころかそれ以上の距離のマラソン・マラニックの完走者ばかり。
肩身は狭い。

児島半島港めぐり100キロマラソンを知ったのは、たぶん、第5回大会で、その日にコースを家族とドライブしていて「100キロマラソンしてる?!」と、みかけたランナーに他人事のように驚異の目を向けた頃。(2012年?)
第6回からは、ボランティアとして参加させてもらい、主催者のF原さんともコースの下見などで長時間ご一緒しました。

大会、というよりは、練習会の延長の意味合いが濃いので、オフィシャルな宣伝や協力要請のできない体制。
おそらく、当時の風潮からすれば、100キロマラソンとして広報拡大すれば支援されることも可能かと思えたけど、F原さんの思いとはなかなか同調しないようでした。
逆に、制限時間のゆるい(というよりはないに等しい)大会として、100キロマラソン完走の感動を味わいやすい大会として、地元からの魅力は高まるばかり。

「ボランティアすれば、次の大会からは優先的に出場できるんです」とは、かつてF原さんから言われた言葉。
100キロを走る辛さやしんどさを、「是非やりたい!」と感じる人が多いことは、今はまだ実感できません。

これから、その現実を経験する前の気持ちとして、あえて記しておきたいと思います。

2日後のボクの感情や、如何に???


情報共有用
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コースにはAコース(110キロ)とBコース(100キロ)があり、ボクはノーマルな(笑)100キロコース。
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今日も仕事が遅くなり、涼しいのに走れない・・・

4月に比べて、ボディの6キロ軽量化には成功したので、あとは潜在能力に期待するしかない・・・
8月まで、今年の通算走行距離は1200キロ程度。

チャリティランでは併走したり雑談する人には、ことごとく、100キロマラソン走ります、宣言。
下手にリタイアできないプレッシャーを自分にかける。

完走時間の目標は14H台。
できるかなぁ・・・


日本の東かなた海上を進む台風のおかげで、秋風が呼び寄せられる。
朝8時でも24℃くらいではなかったか。

早めに着いて、事前に1周。

参加ランナーは、多そうだ。
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今日は、主催者M松さん夫妻が不在のため、T中さんファミリーが中心で受付を。
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チビッコも参加。ランナー虎の穴養成機関からの刺客?(^^;
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次回とその次の回の開催日に変更があり、その説明に時間がとられ、9時5分スタートに。
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1周目は同世代だがボクよりは高速ランナーなO江さんと話ながら走ったので、ラップはかなり良い。5’35/キロくらい。

他にもえっつんさんやS野さんにも、来週の児島100キロマラソン参加を能動的に伝える。
これで、まったなしだ・・

エイドで振舞われたピオーネとイチジク。
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1周走ったあとは、こんな盛況(笑
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10キロで終わって、一旦帰宅。
自分でカレースパを作って食べて、12:30くらいにはイオンモール岡山までバイクで。

数日前にグリーンバードのGさんから伝えてもらった上映会「クワイ河に虹をかけた男」へ。
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ネタバレですが・・・

戦時中に通訳をしていた倉敷在住だった永瀬隆さん。
インパール作戦のために突貫工事で作られた泰緬鉄道では、強制労働で欧州の兵隊捕虜や貧しいアジア人への過酷な状況があったにもかかわらず、それについてはなんら弁明や償いの言葉もない日本政府。
現場で事実を見つめていた永瀬さんの、夫婦での償いのタイ訪問の日々。
もう、80歳を越えた人間の持つ強い意思と、いつ倒れてもおかしくない状況という、別の意味でのスリル。
引き込まれるストーリィ。
最後は、心ならずも泣けました。

過酷な労働を強いられた英国人に、手紙を通じて和解と謝罪を強く訴える永瀬氏。
一方で、そんな永瀬氏の姿を冷たく見つめる、元捕虜の英国人。

捕虜を人権的に正しく扱うことを忘れて、単なる労働力や、憎しみの対象として利用する、当時の日本軍。
その当時の状況からして、間違ってはいないと思う。
それが、戦争。
狂気は、正常。
戦後シベリアで失われた多くの日本人の命にも、謝罪の言葉はなかったと思うし、それを求める強いムーブメントもないと思う。

「国がやってくれないから、自分たちでやるしかない」という、肝臓病の永瀬氏の奥さんのラスト近くの言葉が胸を突く。
それが、あの戦時中の悲劇を見てしまった永瀬氏に与えられた「生かされる理由」なのか。
齢93歳まで生きて、タイとの往復に耐えられる体力を残してくれた神様の意思なのか。
告別式で、先立たれた奥さんの棺に顔を埋めて、カメラが回っているのはわかっているだろうに、何度もキスを続ける永瀬氏。
これだけの人への愛情を注げた人だからこそ、できたことかも。

いまさら日本政府の謝罪を求めても仕方がないのだが、やはり、戦争が呼ぶ悲劇は、当事者ばかりではなく、残された人々にも及ぶものであること。
起こってしまった事実には、人間として真摯に対応することがとても重要であること。
そんなことを考えた、あっという間の2時間でした。


日曜日。
朝7時集合で、児島100キロウルトラマラソンのルート難所の一つ、貝殻山・金甲山周辺の草刈作業。
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20名程度集まり、作業分担の結果、昨年同様、梶岡付近から登山口までの登りの道の歩道の草刈。
出発箇所までH井夫妻と車で向かうが、なんとなく、それほど草は伸びていないように見える。

坂の底みたいな場所から、ボクは草刈機、H井夫妻は鎌で刈ってゆく。

意外にも、ランナー目線で見るとここもヤバそう、ここもやったほうがいい、とか考えながら、時間が過ぎる。
キリがない。

リーダーのU田さんの指示通り、12時前には作業を終える。
携帯でU田さんに連絡を取りたいが、ほとんど通じない。

とにかく、弁当を配給される、市民の森まで行く。
他のメンバは作業を既に完了していて、遅れて着いたこちらをやや冷たい目で見ているようだ。スマン

途中でみかけたネコ。
草刈の現状をチェックしているが如く。
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H井さん旦那さんと同じベンチで昼食の弁当を。
H井さんご夫妻は、たしか3年前にペルピエの出崎口エイドで見掛けて、写真を撮った記憶があり、確認してみてわかった、3年越しの再会。
懐かしい。

あとは参加者は三々五々帰ってゆく。

市民の森に咲く睡蓮
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気温はそれなりに高いが、空気は、おそらく北の高気圧のせいで涼しい。
これなら、走っておかなくては・・と思いながら、とりあえず15時くらいから1時間半、シエスタ・・明日も仕事だしな・・

着替えて、ランにする。

庭の百日紅
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なんだか、走りやすい。ようこそ、秋。
シューズは、こないだ買ったバウンス。
やはり、100キロマラソンはこちらで行くか?

久々に、キロ5分台で走れる。
汗も、それほどかかない。

ここを通りすぎる。
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百間川河川敷は、日陰はないのだが、この時間帯だと、並木の陰があって助かる。

普段
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今日
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スターウォーズ?(笑
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この気温(31℃くらい)で10キロ走れたのは嬉しい。

8月はこれでやっと、無念の100キロ。
H井さんダンナは200キロ超だというのに。
100キロマラソンの黄色点滅間隔は、まだ短いまま。
やるしかない。