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晴天の土曜日。仕事もなんとか片付きそうだったので、午後は3時くらいから休みにしようと思った。でも、突然お客さんが来られて相手をしているうちに、あっというまに2時間が経ち、曇り空では夕暮れはいつもより早くやってきそうだった。
「暗くならないうちに・・・」と、気は焦らないように抑えて、やや渋滞した道を南に。帰路の空気は、3月にしては暖かすぎるほどだ・・・・

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8年前、それまで新品で買って乗り続けたVFR400Rは故障続きで、このままでは修理を定期的に続けなければ乗れない、と悟りました。部品代はたいしたことなくとも、技術料というのが、このデフレというのにバカにならない。
それまで修理を頼んでいたバイク店で、「いい中古バイクない?」とある日尋ねると、「これなら18万でいいけど・・・」と見せてもらった、GB250クラブマンの初期型。
距離メータは3000キロだったけど、あとから思えば、そんなメータはアテにならないほど、少しずつ手を加えて修理しなくてはならないシロモノでした。
そんな安物。と思われるかもしれないけど、当時は転職直後だったし、余りあるほどカネはない。欲しいバイクよりは、買えるバイク。ほんのわずかだが、もらった退職金なら、これに回せそうでした。
なんといっても、毎日の通勤にはバイクは欠かせないので、購入。
買い替え手続きが終わり、VFRで店に乗っていって、GBに乗り換えて店から帰る直前に、店長に訊きました。
「あのVFRは、これからどうするの?(もしかして、レストアしてレース用に使うとか?という期待をこめて)」
「いや、・・・鉄クズだろうな・・・」
カラーリングは、VFRとしては珍しい、黄色と黒。見た目は、全然ボロとは思えないのだが、きっと中身は病んでいたのだろう。さいなら、ありがと。最後は看取ってやれないけれど・・・

クラブマンは、250なのにそれほど軽い印象はなく、なんせ、VFRと比べて振動がすごい。VFRがいかに完成されていたかをいまさら実感しました。
マフラーだけはノーマルではなく、「キャプトンマフラー」という、はっきりいえば「やかましい」音のするマフラーが装着されていて、「イヤだったら、ノーマルに戻せるから」と店の人から言われていたけど、これくらいの個性はあってもいいかな、と、結局いままで使い続けてきました。
予想通り、この音は家族からは不評でしたが、ボクが遅く帰宅するときや、子供が入院していたとき、見舞いに行ったら「音で、来るのはわかったよ」といわれて、これも自分のアイデンティティとして悪くないな、とも思いましたっけ。

あるとき。
高速道路は通ってみたものの、坂道ではトルクきかないし、×0キロ程度が加速の上限なのは、後続車を考えると、キツいプレッシャー。
バッテリーがおかしくなることも多く、冬なのに汗ダクで平地での押しがけに何度もトライしました。

あるとき。
夜23時に帰宅の途中、交差点を、ちょっと狭い道(抜け道)に右折したとたん、前方に男性を見つけて、急停車!。男性の足に触れるか触れないかで停車したが、あとで思うとマンホールの上に乗ったせいで、右に「ぱたん」と倒れました。男性に「だ、だ、だいじょーぶで、で、ですか!」と横になったまま問いかけると「こっちはええけど・・・アンタの方が大丈夫かい?」と言われてしまった・・。すぐにバイクを起こしたけど、大きなキズはなし。相手とも何事もなく別れました。冬なのでエアテックのぶあついコートは着ていたが、帰るにつれて右の肩が痛む。帰ってから、服を着替えようとすると、肩がずきっと傷む。ただの打ち身ではないことはわかったので、翌日はちょうど土曜だったので病院へ。「鎖骨にヒビ入ってますね」との診断で「こりゃ、入院か・・・?」と覚悟はしたのですが、包帯できつく縛っておけば1週間くらいで治る、ということで安心しました。しばらくは重い荷物は持てませんでしたが、バイクには乗れました。家族は呆れていたけど。

あるとき。
電気系のせいでセルが動かなくなった。年式が古いのでバイク屋でとりよせてもらったヒューズを自分で取り替えたものの、「ばしっ!」て何度も儚く切れてしまう。なんとか細工して症状はでなくなったものの、夜中に会社から帰ろうとして、またも同じ状況になったけど、街灯は暗い。仕方なく照明の明るい自動販売機の前でヒューズの取替えしてたら、通りかかった同僚の女子社員からケゲンな目でもみられましたし。

あるとき。
会社からの帰り、22時頃レンタル屋に寄って、GBのところに戻ってきてみると、「ちょっとと思って」タンクの上にあったタンクバッグが盗難にあったこともありました。警察も呼んだけど、手がかりはなし。早く帰りたいのに、交番まで出向いて届書も書いたし。翌朝、そこらを歩いて1時間ほど探していると、見つかったのだけど。けっこうハラハラしました。

あるとき。
ブレーキパッドは、4000キロくらいで磨耗することがわかったので、そのたびに交換していたが、これも交換料は安くはない。

あるとき。
オイル漏れがひどくて、ついに26000円くらいかけてオーバーホールしてもらいました。その時はイタい出費だったが、それから燃費は+5キロ/リッターくらい伸びたので、元はいつかとれるな、と安心しました。

あるとき。
リアのブレーキはシューブレーキだったが、「そろそろ交換した方がいいよ」とバイク店で言われたが、調べてもらうと、「PMさん、そろそろGBの乗り換えのことも考えないといけないみたいだよ」と。
「どういうこと?」「ブレーキシューは、交換できないんだ。製造中止でね。在庫もない。」
そののち、ブレーキパッドも、交換できるものがなくなりつつあるという。

2005年11月x日
いつものバイク店で、「なにか中古でいいのある?」と尋ねると「これなんかどう?」と見せてもらったVTZ。
それほど「いい」とも思わなかったが、試乗させてもらって、悪くない印象。
他にも店をまわったが、250は比較的タマが少なく、「これは?」、と思って店員に値段交渉するレベルまでいかないものばかり。
再び、ブレーキパッドやオイル交換すべき時期が迫ってきた・・・

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先週の日曜に、VTZの購入意思をバイク店に伝えて、名義変更などの手続きをお願いしていた。今日の昼間に電話すると「すぐにでも引き渡せるよ」と。だから、GBで乗っていけば、そのままVTZに乗り換えて帰れる。明日は、予報は雨だし。いちおう「新しいバイク」を引き取るのはできればカッパ姿ではない方がいいに決まっている。
でも、GBを選んだのは、止むに止まれぬ事情があったにせよ、唯一のウリはあのマフラー音だった。周りの人間はよく聞かされているだろうが、実は運転しているボクは、ほとんどいままで聞いたことはない。このまま、聞かないで手放したくはない。GBが、ちゃんと生きて、動いていた証を残したい。

やっと家に着いて、ヒマそうな中3の長男を呼ぶ。ちょっと手をかせ、と。
デジタルビデオカメラをバッグに入れて、カレを後部座席に乗せて、港の近くの閑散とした道路へと向かう。ここは、かつて、バイク好きな友人とも写真やビデオを撮り合った懐かしい場所だ。
いつもは釣り人もいるが、あとはヒマツブシの営業車などがちらほら見えるだけで、ちょっとウルサイ音を出しても民家もないから平気。
日は暮れかかっているが、まだライトをつけるほどでもない。バイクを停めて、カメラアングルを決めて息子をそこに立たせる。こんなぐあいに、とカメラのパンを適当に練習させる。
「ここを往復するから。」
と撮影を息子に指示して、向こうまで走っていき、クラクションを1回鳴らして合図。できるだけ音をハデに、それでも1台だが停まっている車には怒られない程度に。
2往復して、結果をモニターすると、まあまあ満足できた。時間もないし、これでよしとしよう。
カメラのスチル機能で、スナップ写真も撮った。
「さあ、これでよし。帰ろう」
「バイクって、風がすごいね」普段はバイクのことなどほとんど話題にしない彼が、ふとつぶやく。「オマエもいつか乗ってみるか?」
尋ねてみると、彼はYESともNOともつかない曖昧な返事をしていた。
「でも、バイクはすんごい危ないんだぞ」
「うん、わかってる」
本当は、事故の数では4輪よりも安全だ、と言いたいところだが、まだ、彼には早い。
でも、けっしてバイクを嫌いにはなって欲しくはない。
乗りたい、とマジメに思ったときこそ、ボクの、クラブマンのこんな思い出よりも数倍長い、いままでのバイクの思い出話が延々と続くであろうことは、彼にも覚悟させなくてはなるまい・・・

新しいバイク、VTZ(おそらく1980年代末期製造)
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