おそらく2歳くらいの頃のボクの息子。ボクの数少ない傑作写真の一つかな。(実母はパネルにしてずっと飾っていてくれた)
写真の引き伸ばしも、ボクがキタムラカメラの2Fで現像して作った。
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2/4にグループホーム(GH)へ移った(移らせた)実母は、時々GHの職員に聞いてみると、夜はやはり「帰りたい」と懇願しているという。
不憫なのだが、母のためにガマンするしかない。

その間にも、兄は実家の始末を着々と済ませていて、電気や水道も今月で止まる。
冷蔵庫の中身の整理も、除菌処理も。さすがだ。
しかし、実家がやがて無人の空き家になるかと思うと、寂しい。
もしもいつか時が経って、母の最期の願いで「家に帰りたい」と望んで、それを叶えることは、荒れ果てた家の様子を見せることになる。
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GHに移るときには持っていかなかったはずの最近の写真アルバムを持っていってあげようと、土曜日に実家に寄ってみる。がらんとしているが、やや掃除されているようだ。
介護用ベッドの搬出のためだったのか?

仏壇で線香をあげて、ちょっとの時間亡くなった父の位牌を拝む。
写真アルバムは見つからない。兄が気づいたのだろうか。

このままいつか一気に物を整理するのだろうが、その前に、ボクが撮った写真とか、置物の皿とかを母は大事に飾っていてくれていて、それを持ち帰ることにしました。
上の写真もその一つ。
他に、大学のときに作った全倍の写真パネルと、中学のとき作った、「火の鳥」を削って表現した丸皿。



日曜日。
走るルートを、児島半島時計回りグルリンパに計画していたけど、なんとなく気が乗らない。
今の仕事も、家族からの孤独感も、閉塞感満載だ。
母のことを話しに行こうか、と、以前にもやった、「墓参りラン」。
前は夏でビールだったが、今回はワンカップを買ってリュックに入れて走る。

百間川河川敷に車を置き、9時過ぎに出発。
気温はたしか3℃くらいだったと思うが、上着は着てきたけど、要らないと判断。
風も弱い。
ちょうど、ペルピエの人達が練習を終えていたように見えたが、走ってゆくと、みたような男性とすれ違う。挨拶はなし。
しばらくして、女性ランナー。もしや、顔を良く見ると、いつぞやもこの河川敷の別の場所ですれ違った、玉野のH井さん。ということは、さっきの男性ランナーはダンナさんか。
また会いましたねーとか、ちょっと話をしてから、別れました。

ペースは、ほとんど変わらない。
ほぼ5’50/キロあたりで2秒ほどブレる。
まぁ、フラットな道だし。
金曜に行った眼科でも説明したが、1年ほど前から、右目の調子がちょっと悪い。
見えにくい、ということでもないのだが、「××を広げますので薬を入れます」という検査を3ヶ月ごとに始めてから、なんとなく。その検査後は必ずしばらくの時間見えにくくなるのは予定通りだそうだが。
道は明るいが、なんとなく右目を左目でカバーするように見て、走る。
気にならないときもあるのだが・・

道の途中。どう見ても工事中みたいだが「営業中」とカンバンのあるうどん屋。
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8キロちょいで墓に着く。
お供え。
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亡父に心の中で報告する。
なにか助けてもらえないものか。
夢で会えるかな?
ワンカップはまかって帰る。

市街地を北から見る。
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17キロ。
来週のきびじマラソンに向けて、これくらいでいいだろう。
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大昔、TVで植木等がでていた番組で、一つだけ、いまでも記憶に残っている場面がある。
ゴールデンで、スタジオ収録ではなく、短編映画のようなコメディ番組。
たしか、植木等が、占い師から「アンタ、今日は北に行くといいことあるよ」と言われて「そうか!」と、ひたすら北に進むストーリィ。
スタートが街中なので、途中に高い塀もあるが、いまどきな超人的な跳躍力で越えるでもなく、なんとか乗り越えていくだけの話。

今日は、いちおう朝寝坊して10時前のスタートになってしまったけど、ひたすら北に向かい、龍ノ口八幡宮で、受験が近い下の娘の国家試験合格を祈念して帰ることでコースを考えました。

途中で操山を越えていく。
以前、おなじようなトライをして、結局は龍ノ口で脚が痛んで、ヨメさんに車で迎えにきてもらった、苦い記憶のコース。
今度は、ちゃんと走る。

旗日、という言葉自体が死語に近い?ボクの誕生日に出してくれているとは、天晴れじゃ(^^;
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まずは約6キロ地点、旗振台。
それでも、ここに登る前に、上着は脱いで、おかやまマラソンのTシャツとなる。下はいつものタイツ。シューズはトレイル用。

気温
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景色
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里山センターを横目に過ぎて、百間川河川敷コースへ。
やはり寒い。風が辛い。

でも、複数のランナーとはすれ違い。
土手の上が特に風が強くてキツい。

ようやく、龍ノ口登山口へ。
トイレを借りる。
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今日もってきたのは、水500ccのみ。食料なし(^^;
登り口は、通常のではなく、こないだのトレイルプレ大会のコースの一部でもある、やや南側からの登り口。
こちらのほうがハイカーとすれ違わないので、走りやすいと感じる。

ここも、トレイルランナーと思われる人は2人、いたかな・・・?
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龍ノ口山頂
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八幡宮入り口
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ハイカーは、まあまあの人がいました。
お宮までの道
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お参りの作法のマニュアル。確認できてよかった!
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下の娘の臨床検査国家試験の合格と、グループホームに入所したはいいが、夜になると帰りたいと繰り返す実母の気持ちが少しでも落ち着くように・・賽銭を。

おみくじ。吉。学問は、いいかんじ。帰ってから、お守りがわりに、と娘に渡しました。
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濡れた落葉に気をつけて下山したのはいいが、帰りの道が・・・
以前は、それでも歩行者は通れたのに、いちおうバリケード突破して行ってみたけど、完全に道がない・・・orz
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仕方なく、桃太郎荘近くを経由。
あまりに寒いので、途中の自販機でスープを買う。130円。高い?
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飲む前に、缶を手のあちこちにあてて、暖をとる。あまり役に立たなかった・・
消防センター近くでは雪もあり、強風に苦労。

きびじマラソンに向けて、なんとか30キロは走ろうとするが、iPhoneのバッテリーがかなり苦しい。
倉田近くでようやく30キロ、RunKeeperを止めて、上着も着るが、寒い!
ちょうどバスも来る時刻だったので、あとはバスでワープ(笑

誕生日当日だが、お好み焼きを自分で作りたいなーと、食事はいらない、とヨメさんに伝えたが、冷蔵庫には高価なキャベツはなし。がーん。

適当に自分で夕食を作る。
買ってきたヤキトリ・大根ステーキ・中華スープ
まあまあかな・・
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娘も早々とさっさと食事を済ませて、一人の食卓。
どこまで続く、ぬかるみぞ。





くら寿司 十日市店
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例によって誕生日が来るが、家族からはたいしたもてなしはない。
たいていは、夕食に鍋をするが、子供達に話しかけても生返事しかなく、時にはヨメさんとケンカになるので、いい思い出はない。
12日の月曜の振替休日はボクは仕事だが、上の娘が休みなので家族で鍋をするけどどう?と訊かれる。
特に返事はしない。どっちでもいい。
祝ってくれるならしてくれればいい。

土曜日の朝には誕生日プレゼントとして一番搾り350ccの缶2本と「ついでに」とバレンタインの小さなチョコももらった。
貰えることには感謝しなくてはならないが、いままで家族に誕生日にプレゼントしてきた品物に比べて、これくらいの対価なのか、と空しくなる。それを思ってしまうのはタブーだとはわかってはいても。

自分が可哀想すぎるので、ここ数年は自分へのお祝いとして、一人飲みに出る。
とりえもん、コースがとてもリーズナブルなのだが、2名様より。
お祝いを要求するようで気がすすまないが、旧来の友人をちょっと誘ってみたが、都合悪し。

とりあえず、バスで表町近くまでいき、冷たい雨の中を歩く。
第二候補の、大雲寺交差点の屋台村。
一時期流行った屋台村だが、いままで営業を続けている理由を確かめるために。
着いたのは17:10頃。
営業は18時から、とネットに書いてある。

ちょっとぶらっとしたが、時間をつぶせそうにないので、第三候補に移る。

初めての、一人回転寿司。

実際、いままで家族で回転寿司に行っても、子供は子供同士で話しているし、「お茶をくれないかな」と追加のお茶を頼むときに話するくらいで、実質的には一人回転寿司ではあったのだが。
一度は、あまりに会話がないので、カウンターに揃って座っていたのに、会計のとき、「一緒で」と言うと店員がちょっとビックリしてたっけ。(まさか同じグループの客だったとは!というかんじ)
好きなものをすきなだけ頼む。
恥ずかしい印象もあるが、トライしてみる。

またも雨の中、2キロ、30分ほど南下して歩く。
寒いけど、歩くのは、平気だ。

途中の、感じの良い写真館
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この寒い中、昨日開幕した平昌(ピョンチャン)オリンピックのTVもあるから、客は少ないだろう、という予想を覆して、待ちの客多い。
「カウンター指定」で予約し、券を受け取る。
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結局、30分ほどで席に案内されました。
アナウンスで「65番の、2名様~」と呼ばれているので、「1名様~」と呼ばれるとちょっとイヤだな、と思っていました。
そこまでみんな、他人のことには関心はないだろうと思ってはいても。
1名のときは、「1名様」は省けばいいのに。それは、いくらなんでもわかるって。

確か、カウンター席は8席で、ボックス席のほうが早くまわっているようでした。
席は空いていても、なかなか案内されない。
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呼び出されてからは、ごく普段通りに席に着き、注文を始める。
ほとんどはレーンで提供されるか、自分でタッチパネルで選べる。
ここ独特の皿の取り出し方に戸惑うこともあったが、すべてパネルでオーダーすれば問題なし。
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しかし、ビールが欲しいが方法がわからない。店員に確認する。
「生中は、セルフで、あそこのコーナーで500円玉を入れてご自分で注いでいただきます」
瓶ビールは同じ場所の冷蔵庫から自分で取り出して、席の栓抜きを使う。
今回は瓶ビールにする。500円。
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まぁ、効率的なのだろうが、あまりスマートではない。
もっとも、一人できて回転寿司で酒を飲む人はかなり少ないだろう。
立地条件も、公共交通を使える場所は少ないことが、今回調べていてわかったし。

エンガワ。ネタ、昔から小さい印象はあったが、やはりちっちぇー
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これがシャリプチか。もともと、ここはすべてシャリプチじゃないか?(^^;
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途中までの注文履歴。
結局13皿だったか。
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いつか「かえれま10」で「インスタ映えするので人気急上昇」と言われていた竹姫寿司。
イクラが少なすぎて「インスタ映えしません」。
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最後近くになって注文した、「フグ」と「タイ」。これは美味しかった。
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19時半過ぎには「おひらき」にして、近くのバス停で、いつもは使わない路線のバスを待つ。
家に一番近いバス停も「福島」だと確認済み。
バスに乗り、降りてからはいつものランニングコースを歩いてかえる。


一人回転寿司、呼ばれるまでがちょっとプレッシャだが、ネット予約してその時間に行けば、あとは、さほどいつもと変わらないかも。








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2/4はチャリランの日だったが、今年は児島100キロマラソン完走を目指す立場としては、「練習会に参加してくださいね」と言われる主催者F原さんの思いを安易に裏切ることはできない。
近県内ではエーゲ海・笠岡・丸亀があるので、チャリランへの参加者減少も心配だったのだが、フタをあければ、案外な結果だったようだ。(^^;

練習会は王子ガ岳に集合で玉野(田井)方面まで往復35キロ、だったが、午後からの用事のため、田井みなと公園から早めに出発して、待ち受けて合流して田井まで戻ることでF原さんに了解を得ました。

7:10頃に着替えて出発。
気温は多分ー1℃。
上着は着たが、下は半パンとゲートル。
寒いけど、耐えられないほどではない。

夜明け。
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児島100キロコースを逆行する。
すれ違うランナーなど皆無(笑

まだF原さんこないかなーと思いながら長尾のサークルKも過ぎる。
滝まで行く前に、土手でF原さんを見つける。
こちらは12キロ走ったくらいの場所。

ここで合流し、反転。
途中のエイドで今回のメンバのほとんどと顔合わせ。
王子ガ岳からは7人参加。
Kマチさんと男性ランナーが談笑しながら走るあとをついていく。
玉原あたりから、日差しがでてきたので上着は脱いでTシャツで。
玉野市内メルカ付近までは、これで。
だいたいずっと5’50/キロくらい?
ちゃんと着いて行けたよ!
O郷さんは最近練習量がとれないらしく、かなりしんどそうだ。
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途中、昨年も児島100キロに出たという男性ランナーと話しながら走り、田井みなと公園までで別れました。
24キロ。

昼からの用事のためここで終わりにしましたが、本当は、もうちょっと走れたカモ?



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昨年来、介護度3の一人暮らしの実母の介護はケアセンターに一任していたが、自分でできることの範囲が少なくなり、ケアマネさんから「早期のグループホームなりの介護施設への入所を強くレコメンド」と伝えられていました。

紹介されていた市内のグループホーム(GH)に母を入所させるについては、まずは母の納得を得なければならない。
10月に、なんとか日を選んで車で候補のGHに連れて行き、見学。
そのときは入所を拒むことはないのに、日替わりで変わる結論。
入所の手順は一つ一つ踏んではいたが、問題は、いよいよ入所するという期日を決めたあとの、実際に母を連れていくこと。

兄と相談の上、お互いに時間の空く今日の日曜日。
午後2時に家を出発することにして、13時半には車への荷物の搬入を含めて母の家に集合。

事前に母に「この日に行くからよろしく」と約束もできない(きっと忘れてしまう)母の状態なので、当日、話してみて対応するという行き当たりばったりな状況。だが、それしかない。

兄と二人で、ベッドに座る母に話しかける。
[STEP1]
兄より、「以前に、こういうメモで、お母さんが入所に了承した、とサインしてある。だから、そうしてほしい」
と事実を元に迫るが、論理的な会話のできない母にはちんぷんかんぷんなのは横で聞いていてもわかる。
サインは、母に見せてみる。どうみても母の筆跡だが「私のではない」と言い張る。
強い語調で兄は「話にならない」的に追求するが、今の母には掌握は不可能だろう。
[STEP2]
ボクから、これはお母さんのこれからの生活を安全に、楽しくするための措置で、ボクら兄弟だけではなく、いままで関係してきたヘルパーさんやケアマネさんの総意だ、と伝える。
みんな、お母さんが心配だから言ってるんだ、と。
でも、今もヘルパーさんがいないとご飯も食べられない母なのに「私は自分でできる、それを信じて。GHには行きたくない」の一点張り。
「あなたの言うことはウソだ」と、実の息子に言い放つ。
[STEP3]
あとは情に訴えるしかない。
ボクが主導で「お願いします」「一緒に来てください」を連呼する。
「お願いします、と言われても・・」と戸惑い気味な母だが、決して「うん」とは言わない。
ほぼ1時間以上も、この言葉を繰り返す。
政治家みたいに、母の手を握ってみるが、やがてイヤがるように解き放たれる。こちらの手を叩かれる。
最初はボクだけだったが、黙っていた兄も途中から「アナタはどうなの」みたいに母に言われて自分から「お願いします」とボクとハモるように繰り返す。
時折、「じゃあ」と納得してハンドバッグを手にする母だが、それはただの手慰みのような行為であることは、しばらくしてわかった。
もう、常識的な演出は期待できない。
[STEP4]
兄によれば、今日のGHへの転居はスムーズにいく前提で、それ以降の介護サービスは断っている。
通常なら、夕方にきて夕食を準備してくれるヘルパーさんは、もう来ない。
それを母に説明しても「大丈夫」と言い張る。
いまや、レンジでおかずを温めることすらできない母なのに。
兄も「(もしもGHへの転居ができないとしたら)夕食をどうしようか」と思案顔だ。GHへの約束の時間もとうに過ぎているので「連絡してみる」と言って部屋を出る兄。
戻った兄からは、GHのスタッフからのメールの回答があり「適当に理由をつけて連れ出してください(あとはなんとかなりますから)」と。
どうしても、母にウソをついて、騙すようにして連れ出すことは避けたい。
はっきりと会話で確認してはいないけど、それは兄とお互い伝わっていました。
でも、こうなると、目をつぶらざるを得ない。
これも、暗黙の了解でした。
「なんとかウソでもついて連れ出すのはお願いします」と兄に一任するが、なかなかうまいウソはつけない兄。
当たり前だ。

夕食の時間が近くなってきたので「お惣菜でも買ってこようか、一緒に」と誘うが「行きたくない」と。
昔はお気に入りだった近所のうどん屋に一緒に行かない?久しぶりに家族3人でさ!と誘うが「行きたくない」と。
「そういえば」と兄が、ベルトがゆるゆるな母の腕時計を出してきて「これ、以前、直したいって言ってたよね。直しに行く?」と聞くが「(行かなくても)いい」と。
iPhoneで、「認知症の親を施設に連れて行くには」と知恵袋を開くが、有効な答えはでてこない。
「そういえば、お母さんは昔、頻繁に、銀行にお金を下ろしに連れて行けと言ってたよね。今は全然おろす必要はないけど、銀行に行くといえば、行くんじゃないかな」
ボクが提案。
「じゃ、オマエがやってみろよ。オレは信じられてないみたいだから」自嘲気味な兄。
以前から、そして今日も、何度も「アナタは信じられない」と母から断じられていた兄。
ボクのほうが、まだ信じられているようだ、と言う。
やってみると、・・ビンゴ!
行きたい、というので、すぐに連れ出して、いちおう、銀行には寄ってから、GHへ連れて行く。

普通の感覚の人間なら、「ここは、さっきまで私が行きたくないといってた所」と気づくはずだが、母の感覚が鈍いせいで助かることもある。
受付後、以前に見学で行ったときに優しく相手をしてくれた職員の女性がでてきて、車椅子に母を乗せ換える。

時間は17時半くらい。
極寒の日、4時間あまりの、格闘。

帰りの車の中で、こういう状況で困っている人もたくさんいるだろうから、ノウハウは売り物になるかもね、と冗談気味に話す。
実際、困っている人は多いだろう。
この記事は、そんないまどきの「オーディナリ・ピーポー」のためになれば。





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朝5時過ぎ起床。
6時には家を出る予定で準備。
朝食はオニギリ2個。

予定通りに出発し、ブルーラインから山陽自動車道へ。
備前ICには6:50。
竜野西ICから出る直前に、SAでトイレ休憩。7:10。
あとはiPhoneのナビで会場まで案内させる。
途中、おそらく同じように会場に向かうと思われる車と道が別れるが、結局はコースの中盤の道をモニターできたことになりました。

7:40頃に会場で誘導されて、たんぼの中の道の脇に寄せて停めろ、と指示される。
気温はかなり低い。
かつて、井原の星の郷マラソンでは最低気温ー4℃のときに走ったが、日差しがあった。
今回は曇り空。
午後からは雪の予報もある。
多分、0℃そこそこではなかったかと思う。
ちなみに、今日の岡山市の最低気温はー2.9℃。

赤い服はスタッフらしい。
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受付を済ませて、トイレを借りて、車で待機していました。
ウォーミングアップで走っていった高校生女子は、おそらく宮脇工の田中希実選手ではなかったかと思う。
5キロに高校でエントリーしてたし。

8:40スタートで、15分前にはスタート付近に集合なのだが、結局4分前に位置につきました。
ちょっとウォーミングアップしたから、寒さはさほどでもないが、いつもの半袖で。
せめて、手袋でもしてくればよかったかな、と後悔。
他の人は、アームウォーマーとか手袋は装備済み。

スタート
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やはり、最初はスローペース。
大会に出ると、大抵、周りの会話で「こんな距離走れんで」「もっと練習すればよかった」「みんな速いなー」なんて会話が聞こえてくる。
ちょっとばかし優越感を感じるのだが、それを鵜呑みにするのは愚かかな・・

最初はほとんどフラットな国道を進むので、ペースは速い。
7キロくらいまでは5’30くらい。
目標は2時間切りだが、それ以上の結果も期待できそうなペース。
寒さのせいで、汗はほとんど感じない。

事前にネットで見たコースでは、中盤に2箇所の坂道がある。
2つ目は、さっき、会場に来る前に通った坂。10キロ過ぎ。高低差60m。
おそらく、昨年走った高知マラソンの浦戸大橋に匹敵する高度差。
岡南大橋換算なら、5倍くらいか。

沿線の応援は、おかやまマラソンに比べると(比べてはいけない?)貧相で、井原や前島、小豆島くらいのレベル?
でも、声をかけてくれるのは嬉しいので、できるだけ「ありがとうございます!」と返す。
喉が渇いているせいか、うまく声がでない。

エイドはほとんどパス。
今日は水分はあまり必要ない。
途中の幟に、おいしそうなトマトの宣伝がある。
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ならば、エイドでもプチトマトを提供してくれればいいのに、と思っていたら、一箇所ありました。

わざわざスピードを落として1個もらいにいきましたが・・・美味しいけど、これは高知の「まほろばトマト」には勝てないな・・・・

ヘタを捨てたいので、道路わきの赤いユニフォーム(スタッフと思われる)のオジサンに「ゴミはどこに?」ときくと困ったように「そこらに捨てればええ」。
なんともはや。

最初の坂道。
開通間もないようなトンネル。
かなりの急坂。
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6キロ過ぎでは4分台がでていました。
確かに道はフラット。

10キロ過ぎで、いよいよ登り坂。
歩くことはしなかったけど、ちょっとキツい。
記録はやはり狙えないかな、と感じる。
坂の雰囲気は、昨年の高知マラソンの浦戸大橋であり、岡山から玉野に、八浜から抜ける道の勾配をもう少しコンパクトにした印象。
ここを抜けると、瀬戸内海が見える、という主催者の思惑らしいが、空は曇りで、それほどの感動はない。
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12キロ付近。
下り終えたはいいが、ここから、いやらしいアップダウンがある。
下るのはいいが、先を行くランナーは折り返してくるので、ここを再び登ることになるのが見て取れる。

道の駅では盛大な演奏と子供たちの演技で力づけられるが、ここのコースはハイタッチがしづらく、パワーを補充しにくい。終盤で、ちょっとハイタッチできたけど。

途中で追い抜かれた、2時間のペースランナーとはご無沙汰だ。
会場に来るまでの道がちょっとわかっていたから、あと3キロ付近からはもう下りかフラットな道しかないと思っていました。
せめて、最後くらい頑張ってみるか、とペースをあげてみると、道の先に2時間のペースランナーが見えてきました。
やってみるか、とそのまま走っていくと、ペースランナーは近づいてくる。
抜けるかも。抜こう。
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再び抜き返されるのがちょっと心配だったけど、振り返らない。
ヘロヘロになることもなく、最後のスパートもしませんでした。
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ゴール。2時間切り。
1H58M45S。
198位(エントリー360人中)だったけど、そんなのかんけーねー
目標を一時諦めたけど、諦めないでよかった。
ほんのささやかな達成感だけど、ここに来てよかった。
走っているときは、「また走る気になるのかな」とかネガティブな気分にもなったのだけど。

完走証をもらったのはいいが、上がTシャツだけ、しかも汗が冷えてきている。
寒い。
豚汁をもらうのに待つのにも耐えられそうにない。
参加賞のタオルとミネラルウォーターをもらい、それでもせっかくだから、とスタッフの人に写真を撮ってもらう。
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あとは脚もちょっと痛いのだが走って車に戻る。
ちょっと一息。
外は雪がふぶいている。

せっかくだから「かきまつり」にも行きたい。
着替えて、まずはサービスの豚汁をもらう。
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早速立ったままで食べていたら、そばの老人から注意される。「そこは通路だからどこかにいって」
周りは、あちこちに同じような人がいるのに。
通路、とは明確に区分けされてはいない。
「じゃ、どこで食べればいいですか?」ときいてみると「そこいらで」
ほんの1mほど違うだけじゃん。ふざけんな
こういうときは暖かいだけでご馳走なのに、豚汁はちっとも美味しくない。

ならば、と「かきまつり」の会場に行くが、食べ物のブースはどこも行列で、いったいどこでどんなものが売っているのか確かめることもできない。
殻付牡蠣の売り場を尋ねて、そちらに行ったが、値段と個数では日生の方がいいように思ったので、早々に退散。
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ここでもよかったかもしれなかったが。
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帰りの道も雪の中、渋滞。
高速に乗り、ここも吹雪く中、備前の直前のPAに寄る。
食堂でラーメン。
岡山ラーメン、とか。とんこつ味、570円。
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PAとしては妥当な値段よりも安いかもしれないが・・うーん、薄いな。美味しいけど。

家族へのオミヤゲ。よくあるかもしれないが。
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ブルーラインに入り、黒井山に寄る。
愛想の悪い魚屋で殻付牡蠣が「頭島産」とあるので1000円で買う。
離れたとこからご主人が「2カゴ一緒でいいじゃん」と叫ぶ。
売り子の奥さんが「2カゴで1500円でいかが?」と言われるがちょっと多い。
1カゴ1000円でお願いしました。
それでも、あとで数えると24個。
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家で実際に食べてみると、当たり外れがあるみたい。
娘のぶんはアタリのようだ。
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大会でもらったモノ。
ピンクのバスタオル。グッドイヤーの肩掛けタオルとミネラルウォーター。
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無念なつぶやき。
夕食時、ほとんどこちらから一方通行的に、マラソンのことをヨメさんと下の娘に話す。
ペースランナーとはどんな人で、後を走れば2時間オーバー、前を走れば、2時間切りなんだ、最後はお父さんは追い抜いて、2時間を切れたんだ、と控えめに。
二人とも、珍しく「ふーん」と感心するが、それは、「ペースランナーさんって、スゴイね」と。
いやいやいや、そこはちょっとはボクを褒めてくれないと。
家族に、ランナーのことが少しでもわかる人がいれば、さぞかし気分のよい宴だっただろうに・・(*´Д`*)



過去の書き込み

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アステルへのフェアウェル[2001.09.05]


先日、PHSから携帯へと買い換え。
引き金は,PHSの電源不良がきっかけで、バッテリー買い換えよりは、無料で加入できるサービスに惹かれたからだ。
(事実、いままで、登録費用は1円しか払ったことはない。)
解約のためアステルのお客様窓口へ電話するのは辛かった。
ただでさえ青息吐息なのだろうから。
「もう5年来アステルを使っている」とか「今の機種でも2年以上」と説明した上で,「ドットiがカラー液晶で、もう少しサービスが安かったらなぁ」と解約理由を話すと窓口の女性は向こうで涙を流しているようにも思えました。
いままでの買い換えで所有している3台をトランシーバとして切り替えられるかどうか訊ねると、解約後でも、いつでもサービスセンターに来てくれれば切り替えしてあげる、と大変親切に言われました。

たしか96年の夏、加入料無料キャンペーンで初めて手にして以来のPHSとのつきあい。
単身赴任中だったのと、パソコン通信で利用できるメリットを考えて決めました。それまでのNTTの電話は加入権をとんでもない安値で買い取ってもらい(怒)、それからはノートPCを使ってモバイル通信。
カードモデム28.8Kを30K円で買った頃。
パソコンショップでは「携帯?データ通信するんなら、PHSのもんで」とも言われていましたっけ。事実、当時携帯は通信速度がせいぜい9.6Kなのに対して、ボクのPHSでは28.8Kがでていました。
インターネットにも繋げるのは確認したが、それほど使う機会はなかった。
(会社のPCでいくらでも使えたから。)
この時のPHSのインタフェースはイヤホンジャックで、これとカードモデムのXJACKで繋いでいたのだが、そのうちイヤホンジャックのある機種が少なくなり、インタフェース用のケーブルも動作保証がなかったため、長期出張によく持っていったあと、単身赴任が終わっていつしかモバイル環境からは遠のいていきました。
3台目を手に入れた頃(99年初)は着メロもPHSが進んでいたのですが、それもいつしか多重和音の音の携帯の出現で色褪せていきましたっけ。
なんとかこれでメールもできたのですが、操作はそんなに簡単でもない。
PHSで、長期割引(2年)で月ー200円なんて人は稀少価値なのではなかろうか。

先日も、飲み会で会社の20代の女性の携帯番号を教えてもらうために,こちらのPHSの番号を見せて,そちらにかけてもらったのだが「それ・・・・・どこのメーカーですか?(見たことない!)」と言われました。ま、当然ではあるのだが・・
しかし、通信事業は、公共性が高いために一度始めるとやめることができない、ときいたことがある。結局はアステルも電力会社の後ろ盾で吸収されてしまうのだろうが、例えば「プロジェクトX」に取り上げられるように,いつか画期的な新技術で復活してほしい、とも願っている。
昔書いたストーリィ

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「迅冷シンディ」

うだるような8月の暑さの中、明人(あきと)は、乗ってきた水冷4気筒のバイクをマンションの脇のわずかな日陰に置くと、すぐさまヘルメットを脱いだ。
暑いのは慣れっこだが、ヘルメットを着用する時と、頭から外す時がどうしても不快だった。汗が湿ってぴったりとした髪がその主たる原因だが、取り出したハンドタオルで拭えるだけ拭いながら、メットを腕に通して,3階建てのマンションの階段を足早にあがっていった。
明人の勤務する電気機器メーカの同僚の晃司の部屋のドアホンを鳴らす。
「おう。入れよ」晃司が招き入れた。
部屋の中にはクーラーがきいていて、明人はようやく息をふき返したような気分になる・・・・はずだった。でも彼は入るなり顔をしかめた。
「あ・・・・・・あっつぅーーー」
「あ、今、実験中なんで、冷房は禁止なんだ」晃司はこともなげに答えた。
「なんなんだよ・・・実験って・・あのなぁ、」明人は、やや憮然としていた。
「オマエがさぁ、このクソ暑いのに、重大な話があるから協力してくれ、っていうからきてやったのに、・・・早くクーラーつけてくれよ。暑い。」
「まあまて。そうだ、ビール、飲むか?」
「バカいえ。バイクで来たんだ。どうせなら麦茶かなにかでいいよ」
「わかった。では」晃司は部屋の奥から戻ってきて、「ほい」と明人にスチール缶を渡した。ウーロン茶の表示があった。しかし、それを手にとるやいなや、明人は晃司を睨むようにつぶやいた。
「これはジョークか?まぁ、いいけど。」明人が手にとった缶は、冷やしたものではなく、ただの常温の缶だった。
リングプルに指をかけた途端、晃司が声をかけた。「まあまて。」
「そういうアンラッキーな時って、よくあるだろ?」
「・・・・どういうことだ?」明人はそのままの姿勢で晃司をしばらくの間見つめた。 「その缶がさ、冷え冷えだったら、どんなに嬉しいかって」
「そりゃそうだが。」明人は、暑さをしばし忘れて、いらいらした表情を冷静なそれに戻した。
「一体、なんでオレを呼んだんだ?それから聞こう」明人は、メットを側の整理棚の上に置き,これもすぐ側にあった椅子に座った。
「それでは、リクエストにお答えしようかな。こっちにきてくれ。おっと、その缶も持ってきてくれよ」

奥の部屋には、乱雑なパーツがあたかも繁殖中のように,大きめのデスクの上を存分に占領していた。晃司は端から、電源コードを繋いだまま、保温ボトルのような形状で鈍くシルバーに光るものを手に、明人の前に近づいた。
「これ、さ。」晃司は「それ」を明人にはっきり見えるように差し出した。
「なんだい、これ。」
「まずは見てもらおう。」晃司は明人に、ウーロン茶の缶を渡すよう促し、それを受け取ると、その「もの」の側面にある透明なフタを開き、缶を中に入れた。
試作品らしく、不器用にはめこんだ丸いダイヤルを晃司は左にちょいと回した。
そして、スイッチらしき赤いボタンを押した。タイマーの音が低く鳴り続けた後、その「もの」が仕事を終えたような音がした。多分10秒ほどだ。
「できたよ。ほら」晃司が、中から取り出した缶を明人にほおり投げた。
受け取った明人は、とたんに缶をしばしも握っていられないように両手の中で交互に小さく左右に投げあい続けるのだった。まるで、熱いものをちゃんと握れないように。でも、原因は全く逆だった。
「あっちぃ~・・・じゃなくて、こりゃなんだ・・・・・冷たいんだ!」
手のひらの皮を引っ張られるかのような感覚さえあるほど、先ほどのウーロン茶の缶は冷え切っていた。しかし、冷蔵庫で誤って凍結させてしまったような重心移動はない。ちゃんと、中身は氷にはなっていないようだった。
「どうだい?飲んでくれ。思い切りぐいっと」晃司がにこやかに言った。
少し温度が戻ってきた缶を握って、明人はリングプルを開けた。そして口をつけてみた。中の香りはまちがいなく本物のようだ。少し流し込む。そして、我慢できなくなって、一気に中身を口の中へぶちまけた。
「美味い!」

元々、それは彼らの開発テーマの一つでもあった。
消費者の満足をいかにすくい取れるかを研究テーマに、膨大なモニターアンケートの結果を収集し、その中から実現性の高いものを選んで予算をつぎ込む。
ところが、晃司の作り上げたものは、その選択からは漏れてしまったもののはずだった。完成すれば顧客満足度は高い。でも、その実現性に関しては開発費等を含めてマイナス要因が多すぎた。それでも、晃司は完成できたようだった。
「迅冷シンディ、って名前付けたんだ」晃司はやや恥ずかしげに説明した。
「機能的には電子レンジの逆。だから、言葉を逆さまにして、ちょっとひねった。ま,仮称だから」
彼の説明によれば、タイマー式で急冷できる冷却装置(シンディ、という愛称で呼ぼう)は、電子レンジを使用するべき対象を,即座に作り上げることができる。
水分のみを分離して凍結するのとは違う。ちゃんと、その解凍とのサイクリックな成分の保持が保証されている。
「でもさ、」明人はふと疑問を感じた。「その容量では、実用には耐えられないんじゃないかな?」
ポットのようなその装置では、せいぜい500CCの缶ぐらいまでしか装着できないように見えたからだ。
「それは、ボクも思った。」晃司はその疑問を予期したかのように答えた。「実は、その解決策はあるのだが・・・」
彼は、ゴミの山のようなデスクの上から、バネの先にアイスピックが付いたようなものを引っ張りだした。シンディのアタッチメントのように、それを接続すると、今度は彼は後ろの箱の中からバナナを取り出した。
「刺すか、近づけるだけでいいんだけど、」晃司はそのアイスピックをバナナに刺して、再度シンディを作動させた。見る間に、バナナは白っぽく凍結していった。
「見ろよ」凍結したバナナを掴んで、明人にはそこらにあったやや細い角材を渡し、横にしっかり持たせたまま、バナナをえいや、っと角材に振り下ろした。
角材は折れて、バナナも少し真ん中で裂けた。
「例えば、このセンサーをスープの鍋に浸すと、中身だけが凍結する。牛乳に浸けると、いきなり砂糖なしミルクアイスが出来てしまう」晃司は説明した。「でも、もしも誤って別のモノに作動してしまったら、という安全保証の点で困っている」
「おい・・・」明人はふと身の危険を感じてたじろいだ。「まさか、それをオレに頼むために・・・呼んだんじゃないだろうな?」
「まさか」晃司は微笑みながら首を横に振った。「人体実験は、またモルモットでも使ってやるさ。ただ、な・・」
晃司はいいにくそうに小声で言った。
「作動させた結果が予想できないモノがある。例えば」
ロールキャベツ。または、杏仁豆腐。単品のみならいいが、複合した物質については、一概に結果が予想できない、と晃司は説明した。ほんのセンサーの位置によって、中にある物質またはその周辺の液体を冷却してしまう。どちらか一方にのみシンディが作用しているのは、センサーの調整不足によるものだ、と彼は思っているようだ。
「でさ、」さすがに、額に汗の雫を見せながら、晃司は明人に話した。「オマエだったら、専門分野だろ?こういうの」
確かに、明人はその道では上司にも一目置かれていた。もちろん、技術者としての彼として、興味がわかないはずはない。
「わかった。じゃ、少し時間をくれ。シンディ、持って帰ってもいいか?」
「もちろんだ。それからいままでのデータもCDに焼いているから持っていってくれ」
晃司は「あまり保たないけど」といいながら小型バッテリーも渡した。

センサーに組み込むプログラムを毎日少しずついじりながら、明人はシンディをただの家電製品とは思えなくなっていた。
凍結させるまでもなく、少し冷却したい場合にも、シンディは有効だ。
最初は、自分の部屋で冷えの足りないビールに使っていたりした明人だが、冷却度合いを,凍結させるまでに至らないまま、一定に保つ方法を発見した。
扇風機にかざしていれば、冷風が来ることもわかった。
「それならば」と、明人は一計を案じた。ヘルメットにセンサーを差し込むソケットを作った。そして、バイクで出かける時に、バッテリーを使ってリュックにシンディを入れて、アタッチメントをそのソケットに刺した。
幾度か温度の調整したのち、明人はエアコン付の乗用車と同等の快適さでバイクを走らせていた。
また、うっかり鍋のお湯を指にかけてしまって、慌てて冷水を流しっぱなしにして患部を冷やしたことがあった。でも「まてよ」と思った彼は、シンディのセンサーをおそるおそる指に近づけた。感度をなるべく絞ったせいで,効果てきめん、とはいかなかったが、その後,痛みはほとんど残らなかった。
「臓器の移植時にも使えるのかもな」
と明人は思った。そればかりか、もっと応用範囲が広がる予感もしていた。
ある日、とことん暑い日の夕方、蒸し風呂状態の自室で、いらいらした気分でエアコンをつける直前、彼はある実験を思いついた。
シンディの感度をいままでにない大きさにして、部屋の中央の空間にかざした。
(ま、そんなことはないと思うけど)
という彼のネガティブな予想に反して、部屋の温度は急速に下がっていくのがわかった。
驚いた彼は、さらに、駐車場まで走っていくと、強烈な西日に晒されていた乗用車の車内に入り、すぐさま流れ落ちる汗をぬぐおうともせず、同じ実験を行った。
容積の関係であろう。部屋でやったよりも、はるかに効果は絶大だった。

「うーん、こいつはすごいや」
明人は部屋のテーブルにシンディを鎮座ましまして、低い視線からみつめていた。
センサーを指でくるくるといじりながら、彼はどんな利用法があるかをわくわくしながら考えていた。そして、指から落ちたセンサーがテーブルの上の何かに当たった音がしたが、それは気にしないで、彼はさらに、晃司と一緒に、会社の最上階の大会議室で誇らしげにシンディの機能と販売戦略の発表をしているイメージを思い描いていた。それで地位が上がるとかいう理由ではなく、画期的な製品を作るプロセスに関与し得た満足感で明人は思わず笑みを隠さずにはおれなかった。
その時、コール音が聞こえた。
テーブルに置いてあった携帯を取り、明人は応答した。友人の(というのは同僚向けの建前だが、本当は彼女といっても差し支えない)由里からの電話だった。
そういえば、シンディに関わってからというものの、それまで2日に一度だった会話も、挨拶程度で終わってしまっていた。明人は反省し、出来る限り優しい言葉で応答したが、シンディのことはもう少し秘密にしたかったため、すべてを話すのを必死で我慢しながら30分ほど話を続けた。
最後は由里の方から「じゃあ」と言って切った。

1週間ほどして、資料を携えて、明人は晃司の部屋を訪れた。
しかし、以前ほどの軽やかな足取りで階段を上がってはいなかった。
なぜなら、2日前の夜、いきなり由里からごく短い絶縁の電話を受け取ったからだ。
自分の非はあったことは認めるが、それにしても、最近のシンディへの大きな夢と相まって、そのショックは小さいとはいえない。本当は外に出る気にもなれなかったのだが、晃司との約束の期日もあったし、重い足を引きずってようやく彼は晃司の部屋の前にたどり着いた。
「おぅ。待ってたよ」
晃司は,それまで少しずつ報告していた明人の実験結果に,彼以上の達成感を感じていたのは容易に見てとれた。
「オマエに頼んだのは正解だったな。いよっ,家電界のビルゲイツ!」
どうせならジョブズと言って欲しかった、というくだらないこだわりもストレスと感じながら、明人はそれでもシンディの素晴らしさを信じることで気分を紛らわせたかった。
「でもさ、こないだ、ちょっと気になることがあってさ・・・」晃司は、あまり深刻そうではなかった。「こっちでも[シンディ2号機]を使っていたんだけど、ちょっとコンポにセンサーが触れていたまま作動したみたいなんだ」
「?それで?」
「聞いてみるか?」
晃司はMDと、CDとDVDと、そして最後にCSを明人に聞かせた。
「どうだ?」
「何が?」晃司の音楽の趣味は明人とは少し違っていたので、ピンとこなかった。
「なんだか、・・・・それ以前と違うんだよ。そう、・・・音がキンキンと、まるで冷たくなってしまったみたいだと思わないか?」
「・・・今、なんて言った?」
「冷たい感じがするんだ。全く安定した素材だというのにさ。まるで・・・・」晃司は教室で先生に手を上げたにもかかわらず、突然答えを忘れた生徒のように答えた。
「まるで、シンディが・・・そうしてしまったかのように・・・」
そう言われて、明人は改めて耳を澄ませてCSのDJの声を聞いた。
もともと流暢に喋るDJには、たしかに人間的な温かさが失われているように思えた。
「どうしてこうなるのか、理由がわからないんだが・・たいした問題じゃないさ。きっと。」晃司は元通りに平気な様子だった。「でもさ、これであの偉そうな課長がたまげる顔が見られるんだから、いい気分だよな」
「ああ・・そうだな」
「お?なんだか元気ないな」晃司はやや眉を潜めた。
「あ、いや、その、シンディの機能については全く問題なかったよ。こっちの実験では。ただ・・」明人は、躊躇いながら重い口を開き、由里のことを晃司に話した。
「そっか、そういえば・・・」晃司は、彼の彼女(奈都美)からの話だ、と前置きして続けた。お互い、彼女は同じ勤務先にいる。「なんだか、明人から見捨てられた、とか言っていたらしい。いや、シンディが関係していないとは思うんだけどな・・」
「そんなはずはないんだが・・」
「そうだ、たしか・・・8月18日だったかな?あの日、奈都美に由里から電話があったらしい。なんだかあの人、冷たいの、って・・」
「8月18日・・・あの日は」明人は記憶を手繰った。あの日。シンディを前にして会話したあの日。「普通に話を続けたはず・・だが」
「それそれ。なんだ、ずーっと、まるで、邪魔者みたいな扱いされた、と思ったらしいぞ。由里ちゃん」
「ばかいえ。こっちは普通以上に丁寧に・・・」ふと、彼の記憶が蘇った。たしか、携帯をとった時に傍らにあったシンディのセンサー・・・「まさか・・・そんなことが・・」

シンディは晃司の発案・開発として彼らの電気機器メーカの製品化会議の席で正式にGOサインが出た。
そして様々なチェックを経て製品となって市場を席巻する日も間近に見えた。
明人はそっとその表舞台から身を引き、シンディのことは忘れようとしていた。
風の噂に由里の行方も耳にしたが、それも記憶の彼方に押し込めようと努力する日々が彼には無限に続くように思えた。

    <完>

[あとがき]
どーしよーもない暑い夏に思いついた寓話。
本当にあればいいんですけどね。
でも、今の世にあるモノで、開発前は「そんなモノができるはずがない」というモノも
たくさんあったはず。
展開のネタには「みちる」さんにもご協力いただきました。
この場を借りてお礼申し上げます。
実母への郵便物を、ボクら子供の家に転送してもらうサービスは、結論からして存在しませんでした。
一度は「出来ます」と教えてくれた普通の小さい街中の郵便局の職員は、電話で、再度確認する、といって、かけなおしてきたときは「すみません、間違ってました・・」と。
入院の関係で、一時的に病院に転送するケースならばOKだが、それ以外はムリ。
たとえば、世界旅行にでかけるので長期不在となるので一時的に親戚に郵便物を転送、というのはダメだそうだ。
局に留め置きはできる。
その代わり、家族ごと海外に赴任するとき、すなわち海外、というキーワードがあれば、転送は可能。
何が基準なのか、よくわからない。
セキュリティの関係もあるのかもしれないが、利用者ファーストではないのは確かだ。
実母がグループホームに移る場合は、転居と同じ扱いにできるので、グループホームで受け取って、我々にあとで渡してもらえることは可能。
これしかない。
郵便局の担当者は「これはオフレコですが」みたいに教えてくれた、グレーな方法もあったが、それも面倒。



一方、ボクの運転免許の更新の案内が先月にきていました。
運転免許試験場ならばすぐに交付してもらえるが、あそこまで行くのがちょっと億劫。
市内の警察署で手続きすることにして、問い合わせ。
今の勤務状況では、平日の午前中は休めないが、午後にちょっと早めにあがることはできそうだ。
夕方4時までの受付が決まりだが、ぎりぎりでは困りますよね、と気を利かせてリミットをきくと、10~15分前までに行けばOK、と。
ついでに、受付して、実際に更新後の免許証を受け取れるには期間が必要なのはわかっているが、今は何日くらいなんでしょう?と訊くと、
「私は当直要員なので・・・詳しい者にかわります」
だいたいでいいんだけど、と怪訝に思ったが、待ってみる。
担当らしき冷たいトーンの女性がでる。説明すると
「ゴールドの方でしたら、ビデオを見て、30分くらいでしょうか」
「いえいえ、当日の手続きの時間のことじゃなくて、実際の免許証を受け取りできるまでの期間です」
「2週間です」
「ええ!そんなに?」
「今の免許証は穴を開けてお渡ししていますので、有効期間もそこにお知らせしておりますが(もう、更新にこられたんでしょ?)」
「いや、これから更新に行くんだけど」
なんとなく、ピントのずれた対応。
「受け取りの時間は、受け取り可能な日以降なら、24時間大丈夫ですよね」
「いえ、朝から夕方までです」
「え?そうなん?(たしか、免停後、再度復活した免許証を受け取るときは、夜中の0時に受け取れたのに)」
警察署は24H休みなしだと思っていたが・・

どちらにしても、やはり民間に比べて、対応はいまだにユルいなぁ・・・
あ!JPって民間だったっけ(^^;ホンマ?




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朝寝坊して、昼からの都道府県対抗女子駅伝までには帰れるように走る準備。
まあ、9時くらいに出発すればよかろう。
8時半頃、アプリで中区の気温を見る。
-2℃。えええ?
確かに、外にある車のフロントは凍っているが・・・明るい日差しなのに。

仕度して9:30頃にスタート。
下はタイツで、上は最初は上着を着る。

いつもどおり、寒い感覚はないが、上着を脱ぐとてきめんに寒さを感じる。
あとで調べると、9時では、正確にはぎりぎり氷点下だったようだ。

目的地は「おかやま工房」。昼食にパンを買う。
ついでに、実母の家により、しばらく前から紛失しているような「健康保険証」を探す予定。

だから、ルートは気まぐれ。
途中、平井の急な坂を登る気になり、止まらないで走る。
以前よりは、坂の意識が少なくなった。

覚え)今は山の上の火葬場は新築工事中


下り坂では、いつも、岡山市内がちょっとだけ「大都会」に見えるアングルがあるが、これは気のせい??(^^;
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通っていた小学校のそばを通り、今はキチンと整備されて駐車場になっている、小学校の裏山を通る。
放課後の遊び場でもあった場所だ。
見晴らしがいい。
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降りると、「地蔵川」と呼ばれる旭川の支流がある。
この近くには「御成川(おなりがわ)」とも呼ばれる支流もあるのだが、その区別はよくわからない。
昔はキレイになっていた水門?
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左のフェンスの向こうは小学校。

ここらの抜け道は、昔とほとんど変わらない。
勝手知ったる庭のように、ささっと走っていく。

実母の家に着いたが、ボクの名前を言っても「そんな人知らない」と言われる。
無視して、兄に教えてもらった、健康保険証のありかと思われる小さなバッグを探す。
しかし、ない。
昨日も、ケアマネさんが探してくれたが、なかった。
と、実母も後ろでぶつぶつ言ってくれている(苦笑
再発行もできるはずなのだが、それでも郵便物のやりとりが必要だろう。

半年前から、郵便物を実母が見るたびに対応に困ってケアマネさんやヘルパーさんに相談することが多く「(おそらく、無用な対応を避けるために)郵便物は転送するよう、手続きしてください」とケアマネさんから強く頼まれていました。
やり方はボクが郵便局に電話して調べて、転送先は(結果として相続となる)兄がよいだろう、と、やり方を教えたのに、一向に対応してくれない。
ことあるごとに兄は「こっちも忙しいんだよ」と繰りかえすが、こちらもヒマではない。
「お母さんに、楽で安全な生活をしてもらうためのミッション」を達成するために、なんとかしようとしている。
かといって、もしも「兄貴、もっとちゃんとやろうよ」と、弟のボクからいえば「なにを!(生意気に。こっちもちゃんとやってるんだ!)」とキレかけそうな性格の兄だ(たぶん)。
仕方がないので、転送先をボクにすれば、あと必要なものは、実母の住所と名前が照合できる物。
たとえば、みんなが当然持っている「健康保険証」がいいのだが、それが見つからないことには先には進めない。

実母のバッグをごそごそしていると、2年前に運転免許を返納した代わりにもらった「愛カード」があり、裏にはそれまでの運転免許証の写しがありました。
これでも代わりになるかな、と郵便局に電話したが、大きな局(中央郵便局)でも今日は営業していない。
お客様センターみたいなとこに電話するとフリーダイヤルで「携帯電話からはお繋ぎできません」と。
いつの時代のサービスだ!をい。
実母のNTT電話からコールするが「込み合っているので」と相当待たされる。
経緯を説明すると、こちらが「転送届が」と言うと「転居届ですよね」とつつかれる。
サービスの内容も、以前小さな郵便局できいたものを復唱すると「えー、郵便局によって、違うんです」と。
入院や旅行で、長期不在となるため、一時的に別の住所の親戚に郵便物を転送できるサービスだが、以前の問い合わせでは条件はなかったのに、今日は「入院時に限る、転送先は病院のみ」と言われる。
「以前は、これこれこう言われたのですが」と言うと
「そこの郵便局ではできるのかもしれません」だと?
なんで標準化されてないん?
おかしいやろ!

とりあえず、平日に電話するか。
兄には、メールばかりしているが、数日前に長い文章内容をPCから送ると、「届かない」と。
数ヶ月前には送ったことがあるのに。
そのときも、届いたかどうかの返信はない。
そのときはどうだったの?ドメインが変わった?とスマホメールで送っても、回答なし。

忙しい、というから、音声通話は呼び出し音もわずらわしいだろうから、と、余裕をもって回答できるメール主体に変えているのに、そこから返信がなければ、連携することはもはや不可能。
あまりIT関連に詳しくない兄だが、返信くらいできるだろう、と心の中でしか叫べない。
自分の妻や子供も頼れない、兄弟も頼めない、叔父も、なんだかボクには否定的だ。
昔のように、そういった関係をすべて含めて諌めてくれるような存在の人間はいない。
ボクがやっていることは正しいと信じているのだが、誤っているなら、そう質してくれる人もいない。それは兄にとっても、だ。
だんだん上の人がいなくなることに、もっと年齢が上の人は、どう対処しているのだろう。
あくまで、ボク自身が悪いから?
わからん・・・・・・・・・・・




実母の家を出て、「おかやま工房」でパンを買うが、ちょうど悪いタイミングのようで、買いたかったクロワッサン類はできるまであと10分はかかるそうだ。
家の家族に1つずつ、4個ほど選んで帰る。

最終的には14.5キロくらい。

着替えて、パンはリビングのテーブルに各自用に置いておく。
ヨメさん・・カスタードクリームパン
上の娘・・・ガーリックフランス
下の娘・・・クロックムッシュ
ボク・・・・カレーパン

都道府県対抗女子駅伝をずっと見る。
8区の中学生は、出場大会選手最軽量だそうだが、ホンマにかぼそい。
9区の小原、区間1位だったが、最終結果4位。タイム差が20秒ならなんとかなったかも。
1区の33位がなんとかなってれば・・だが、まあ、健闘は讃えてあげたいね。




第2回プラチナブロガーコンテスト